安子「おごりじゃ言うて 本当に払えるんじゃろうか。」
きぬ「払えるじゃろ。 勇ちゃんのお父さん 雉真繊維いう 大きい会社の社長さんなんじゃあてえ。」
安子「な~んじゃ。 自分が払ううみてえに かっこええこと言うて。」
きぬ「ええとこ見せたかったんじゃろ。」
安子「誰に?」
きぬ「はあ… 分からなんだら ええ。」
安子の部屋
安子「びっくりした。 お兄ちゃん 何? どないしたんで?」
安子「おはぎが躍りょうる! ハハッ! わあ! フフフッ。」
金太「算太! また こないなところで怠きょうって。 何ゅう無視ゅうしよんなら お前…。 あっ ちょちょちょ 貸せ。 菓子ゅう おもちゃにすな! もう…。」
算太「父ちゃん。」
金太「ああ?」
算太「わし ダンサーになる。」
金太「ダン…!?」
居間
算太「チャップリンを見たんじゃ。」
金太「また仕事抜け出して 映画に行っとったんか。」
杵太郎「まあ まあ まあ。 それで?」
算太「チャップリンが パンにダンスを躍らしょうったんじゃ。 本当に パンが躍りょうった。 わしゃあ 感動したんじゃ。 西洋のダンスを勉強して ダンサーになる。」
杵太郎「算太 ダンサーいうのは おなごの仕事じゃあ。」
算太「え… そうなん…?」
杵太郎「大阪や神戸にゃあ ダンスホールちゅうのんがあるんじゃ。」
算太「ダンスホール…。」
杵太郎「べっぴんさんが ぎょ~さん雇われとる。 そけえ 男が行って 切符を買うて 気に入った おなごと踊るんじゃ。」
金太「売れっ子のおながあ 指名が絶えんからのお。」
杵太郎「ああ。」
金太「順番待つだけで ひと苦労じゃ。」
杵太郎「ハハハハッ。」
ひさ「あんたら えろう詳しいな。」
杵太郎「とにかく 男にゃあ ダンサーいう職業はねえ!」
金太「分かったら 血迷うとらんと まじめに修業せえ。」
算太「嫌じゃ。 わしゃあ ダンサーになる。」
金太「じゃあから! 男あ ダンサーにゃあ なれんのんじゃ!」
算太「誰が決めた?」
金太「おめえは たちばなの跡継ぎじゃ。」
算太「誰が決めた!?」
金太「算太!」
安子「やめて! もう怒らんといてあげて。 私がお婿さんもらうから。 いやいや
言いよんじゃねえよ。 うちのお菓子 大好きじゃもん。 ずっと この家で 甘えお菓子に囲まれて 暮らせるんじゃったら 私ゃあ うれしい!」
小しず「ありがと 安子。 じゃけど それはおえん。」
安子「何で?」
小しず「算太。 お兄ちゃんが 妹に こねん気う遣わしたら おえんよ。」
庭
算太「安子 すまなんだな。 小せえ おめえにまで心配かけて。 はい。 おわびのしるしです。」
安子「頂きま~す。 むしゃむしゃ むしゃむしゃ。」
算太「おいしいですか?」
安子「まじいです!」
算太「えっ?」
安子「だって お兄ちゃん おだんご作りょうる時 いっこも楽しそうじゃねえもん。 作る人の気持ちが お菓子に乗り移るって おじいちゃん いっつも言いようる。 おはぎのダンスは あねん楽しそうじゃったのに。」