<かくいう紀土くんも 私と出会った頃は プロの俳優を目指していた>
回想
紀土「あっ そうだ。 今度 シモキタで舞台やるからさ ミワちゃんも見に来てよ。 関係者も呼んでるし これが勝負だと思ってるから。 演出家の天沢さんが すっげえ…。」
<それから何回か見に行ったけど やがて紀土くんは 演劇のことを語らなくなり…>
紀土「俺 就職するわ。」
ミワ「え?」
紀土「役者は もう やりきったかな。 つ~か ずっとバイトやっていくわけには いかないじゃん。」
回想終了
ミワ「仕事は順調?」
紀土「まあ あんまり休みはないけどね。」
ミワ「そっか。 今日は飲み会の帰りって言ってたよね? 会社の人?」
紀土「いや ネットで知り合った連中なんだけど すっげえ盛り上がってさ。 今度 キャンプ行こうよってなった。」
ミワ「へえ~。」
紀土「ミワちゃんもさ 映画ばっか見てないで もっと外に出て いろんな人と出会って 人脈つくって 視野を広げていかないと。 一人で ずっと家に籠もってたら 寂しい老後を送るこになっちゃうよ。 あっ そういえばさ 昔 1回 一緒に映画見たことあったよね。 何だっけ? あっ ブルース・ウィルスが出てる。」
ミワ「『ダイ・ハード』。」
紀土「ああ そうそう そうそう。 あれさ 何かパッとしなかったよね。 いかにも大衆映画って感じでさ。」
<いや 超名作ですけど…>
ミワ「まあ 合わない人もいるよね。」
紀土「ミワちゃんって たくさん映画見てる割に ああいうベタベタな大作映画が 好きだったよね。 あれあれ あの~ 誰だっけ? うわ~ 名前出てこない。 あっ 八海 崇とかさ。」
ミワ「うん 好きだよ。」
紀土「最近 見なくない? 消えた?」
<いや あんたが知らないだけだよ>
紀土「まあ そもそも 若い子って映画見ないもんな。 2時間も耐えられないじゃん。」
<んなことないって>
紀土「八海 崇もさ オワコンだよな。」
紀土「えっ どうした?」
ミワ「帰る。」
紀土「何 ごめん。 もしかして まだ好きだった? 八海 崇。」
ミワ「それじゃ。」
紀土「ちょちょ… ちょっと待てって。 まだいいだろ? 7時だぞ。」
ミワ「そういえば 引っ掛かってたんだけど まだ7時だよね。 ネットの人たちとの飲み会 終わるの早くない? ホントに盛り上がってた?」
紀土「え?」」
ミワ「あなたの話がつまんなくて みんな帰っちゃったんじゃないの? あとね ブルース・ウィルスじゃなくて ブルース・ウィリスだから!」
(戸の開閉音)
ミワ宅
<無意識に ニンジンを花の形に切っていた。 私だけしか食べないのに ただの自己満足。 これも紀土くんに言わせれば 無駄で 非生産的な行動なのだろう>
<私も 紀土くんのように 合理的な生き方を選んでいれば もっとマシな人生を贈れたかもしれない>
<八海 崇との交流は なりすましの産物。 こんなことを続けて 一体 何になるというのか>
<いい年して 何をしてるんだろ…>
<もう映画を捨てよう。 思いを断ち切ろう!>
(荒い息遣い)
<学生の頃から ずっと書いてはためらい 出せなかったファンレター。 言いたいことも言えず 将来のことも考えないまま 世間から邪魔者扱いされてきた 私の人生。 でも あの方だけは 分かってくれた>
回想
八海「秘すれば花… というような美徳です。」
回想終了
(泣き声)
八海邸
園庭
<そして 私はまた ここに戻ってきてしまった>
八海「おはようございます。」
ミワ「おはようございます。 咲きましたね。」
八海「ええ。 毎年楽しみにしてるんですよ。」
ミワ「きれいです。」
八海「うん。 クチナシの香り… 思い出がよみがえります。」