坂場「だったら どうして ここにいるのかと 驚くようなことじゃない。 それだけのことですよね?」
なつ「それだけのことです。 すいません。 もう いいです。」
桃代「なっちゃん…。」
なつ「こういう人なの。」
桃代「なるほどね…。 カリーパンですか? バターカリーは食べないんですか?」
坂場「なぜ?」
桃代「なぜって…。 いや 何でもありません。」
坂場「ここの名物ですからね。 しかし ちょっと値段が高すぎる。 カリーパンでも ぜいたくです。」
なつ「分かってるんじゃないですか。」
桃代「面白い…。」
坂場「あなたたちのバターカリーを 見学させてもらいます。」
桃代「あっ 私の半分 食べて下さい。」
坂場「結構です。 パンで十分です。 あっ!」
なつ「あっ ちょっ ちょっ… あの これ。」
坂場「すみません…。 あっ…。」
なつ「本当に ぶきっちょなんですね。」
坂場「はい…。 不器用が いいと思ったことはありません。 だから 僕には あなた方のように 絵は描けません。 絵を描けるということは 本当に すばらしいことだと思います。」
なつ「あの どうして アニメーションを選んだんですか?」
坂場「どうして?」
なつ「映画が好きなら 普通の映画だってあるし 絵を描かないのに どうして 漫画映画を作ろうって思ったんですか?」
坂場「思ったんです。 アニメーションは 子どもに夢を与えるだけのものではなく 大人にも 夢を与えるものだと思ったからです。」
なつ「大人の夢… ですか?」
坂場「フランスのアニメーションで アンデルセンの童話を原作にして 戦争を描いたものがありました。」
なつ「戦争を?」
坂場「ナチスドイツを思わせる独裁的な力から 人々が解放されて自由になる話を 子どもが見ても ワクワク ドキドキするような アニメーションの語り口を使って 描いたんです。]
坂場「そんなことのできる表現方法は ほかにないと思いました。 しかし 残念ながら そういう可能性が アニメーションにあるとは まだ世の中には思われていないようです。」
なつ「それじゃ… アニメーションにしかできない表現って 何ですか? 坂場さんは 何だと思いますか?」
坂場「アニメーションにしかできない表現? そうですね 自分の考えしか言えませんが…。」
なつ「はい。」
坂場「それは…。」
光子「なっちゃん。」
なつ「えっ? マダム…。」
光子「ごめんなさいね お話し中に。」
なつ「どしたんですか?」
光子「ちょっと。 ちょっと来て…。」
なつ「ちょっと ごめんなさい…。」
応接室
なつ「どうしたんですか?」
光子「さっきまで ここで話してたんだけど…。 雪次郎君が 急に ここを辞めるって言いだしたのよ。」
なつ「えっ!? 雪次郎君が どうして?」
光子「何でも お芝居をしたいからって。」
なつ「えっ?」
光子「劇団の試験を受けたんですって。」
なつ「劇団?」
野上「誰かのいる劇団ですよ。」
なつ「えっ… お兄ちゃんのですか?」
野上「その誰かに唆されたんじゃないですか。」
なつ「そんな…。」
光子「そうは思えないけど きっかけには なったかもしれないわね。 止められそうにないのよ 私では。」