無頼鮨
種市「じゃあ 弥生さんや かつ枝さんが作ってんのか これ。」
天野家
アキ「いや 先輩さ送ったのは おらが作った。
無頼鮨
種市「あ… いがった。 弥生さんや かつ枝さんの 願い込められても… 困るからな。」
天野家
電話・種市『ありがとう。』
無頼鮨
種市「元気か?」
天野家
アキ「うん。 北鉄は一駅しか動いてねえし 漁船も出てねえけど みんな元気だ。」
無頼鮨
種市「『みんな』でなくて 天野の事 聞いてんだけど。」
天野家
アキ「ああ ごめん。」
無頼鮨
電話・アキ『あっ 磯野先生から 連絡ねがった?』
種市「いっそんから?」
天野家
アキ「潜水土木科の後輩と一緒に 海底調査やってんだ。 帰ってきて 手伝えって。」
無頼鮨
種市「んでも もう何年も潜ってねえし 板前になるって決めたからな。 うん お盆に帰るって いっそんさ伝えてけろ。」
天野家
アキ「お盆か… 早ぐ会いでえな。」
無頼鮨
種市「うん 自分もだ。」
天野家
アキ「また 電話してけろ。」
無頼鮨
種市「うん。 じゃあな。」
天野家
夏「電気代も電話代も もったいないべ。」
アキ「ばっぱ…。」
夏「よ~し 晩飯でも作るか。」
アキ「夏ばっぱは怖ぐねえの?」
夏「怖い? 何が?」
アキ「海だ。 津波 見たんだべ?」
夏「見たよ 高台からな。」
アキ「潜りだぐねえとか思わねえの?」
夏「潜らなければ どうやって生きていくんだ?」
アキ「リアスもあるし ミサンガ作れば 小遣い稼ぎになるべ。」
夏「それじゃあ張り合いねえな。」
アキ「もともとが忙しすぎるんだよ 夏ばっぱ。 もう 67だべ? 四捨五入したら 100歳だべ!」
夏「どこで 四捨五入してんだ。」
アキ「また 体 壊したら 大変だべ。 今度は ママいねえし みんな 自分の事に精いっぱいだ。 ウニ いねえし せめて潜るのは やめたらどうだ?」
夏「…。」
アキ「おら 見ちまったんだ。 流された船とか 車とか ひん曲がった線路とか…。 あんな光景 見たら 普通 逃げ出したくなるべ。」
夏「いいか アキ。 海が荒れて 大騒ぎしたのは 今度が初めてじゃねえ。 50年前の チリ地震の時も 大変な騒ぎだった。 まさか 生きてるうちに もう一回 怖い目に遭うとは 思わねがった。」
夏「でも… だからって 海は怖(こえ)えって決めつけて 潜るの やめて よそで暮らすべなんて おら そんな気には なんねえ。 みんなも そうだ。 例えば 漁協のかつ枝と組合長な…。 一人息子が 19の時に 波に のまれてよ。 その 遺影だの 遺品だの 全部流されて…。」