千鶴子「二次審査まで通過できたのは 確実に あなたの実力よ。 ただ… 最後の審査の席で 常務の脇坂さんが 突然 言いだしたの。 古山裕一さんの妻である あなたを 主役に起用すれば 話題になるし 宣伝にもなるって。」
音「それ… ほかの方々は?」
千鶴子「みんな 知ってる。」
音「千鶴子さんなら… どうする?」
千鶴子「私は…。 悔しさをバネに 何としても いい舞台にしてみせるって 覚悟を決めると思う。」
音「できると思う? 今の私に。」
千鶴子「…」
音「うん…。」
音「この舞台を降板させて下さい。」
駒込「はっ? いや 何言って…。 えっ 冗談やめてよ。」
音「今 ここで降りることが どれだけ ご迷惑をかけるか… 無責任だと重々承知しています。」
駒込「そうだよ そのとおりだよ。 えっ あんた 一体…。」
音「ですが… 力不足の私が このまま続けるのは 舞台にも お客様にも失礼なことだと 思い至りました。 この役は 本来やるべきだった方に やって頂きたいです。」
駒込「ねえ… ちょっと待って。 ねっ? ちょ… ちょっと待って。」
音「申し訳ありません。」
駒込「あああ…。」
伊藤「いいんじゃないですか? ここは 本人の意志を 尊重してあげるべきと思います。」
駒込「いや しかし…。」
伊藤「古山さんだって このままじゃ つらいと思いますよ。」
古山家
玄関
裕一「えっ!? こ… 降板!?」
音「うん。 おわびして 演出家の方にも了承して頂いて。」
裕一「ちょちょ… ちょっと待って。 ねえ… ど… どういうこと?」
居間
音「千鶴子さんも 黙ってるの 苦しかったと思う。 本当のことを教えて頂いてよかった。 2人とも協力してくれたのに ごめんなさい。」
裕一「ねえ… あの… 別のオーディション 受けてみなよ。 ほら… せっかく ここまで レッスン頑張ってきたんだからさ。」
音「う~ん… う~ん…。 でも… もういいかな。 少し疲れちゃった。 さあ お夕飯にしましょうか。 華 これ(座布団)片付けといて。」
喫茶店 バンブー
音「そんな甘い世界じゃないことは 分かってました。 でも… どれだけ努力しても 根本的に力がない。 稽古していても 私だけ空気が違うんです。 私以外の皆さんは ずっと先を見ていた。 でも 私はオーディションまでしか 見えてなかった。 覚悟がなかったんです。」