喫茶「竹」
久志「いや 確かに見た目はコーヒーだけどさ…。」
保「あっ いらっしゃい。」
恵「いらっしゃい。」
裕一「えっ!?」
久志「やあ。」
裕一「や… いやいや『やあ』じゃない。」
音「何でいるの?」
鉄男「どういうことだ?」
裕一「だって この前 派手に送り出したばっかりだよ?」
久志「ご覧のとおり 戻ってきました。 即日帰郷ってやつさ。」
裕一「えっ?」
久志「身体検査で落とされた。 戦うよりも しばらくは歌の仕事で お国に尽くせってさ。」
裕一「うん… そっか。 まあ… よかった。 とりあえず 座って。 座ろう 座ろう。 ねっ?」
久志「いや 座んない。」
裕一「うん?」
鉄男「うん? 何で?」
久志「いや… 大丈夫だから。」
鉄男「うん?」
音「久志さん どこが悪かったんですか?」
久志「いや まあ いいじゃない それは。」
裕一「いやいや… よくないよ。 どこ 何?」
久志「(小声で)いや… お… お尻…。」
裕一「えっ? えっ?」
鉄男「えっ えっ 聞こえねえ。 何?」
久志「痔! 痔でした!」
鉄男「痔?」
久志「痔!」
裕一「痔って お尻の?」
久志「いや お尻以外に痔… どこがあんだよ!?」
音「何で 痔に…。」
恵「いつから痔なの?」
保「痔って いぼの方? 切れる方?」
久志「いや そんな みんなで連呼しないでよ。」
当時 痔が理由で招集免除となることは 珍しくありませんでした。
久志「情けないよな。 もう あんな盛大に 送ってもらったのにさ…。」
裕一「いや そんなことないよ 華もさ 寂しがってたから喜ぶ。」
久志「いや… この機会に 福島に戻ろうと思ってる。」
裕一「福島?」
久志「親父が心配なんだ。 まあ もう 年だからさ あちこちガタが来てて…。 向こうを拠点に 慰問に回ろうかと思ってる。」
音「そっか… お父さん 喜びますね。」
久志「国に役立たずの烙印を押された僕だけど 親孝行だったらできる。 あの人の息子は僕一人だけだから。」
鉄男「実は… 俺も 作詞の仕事は一旦休むことにした。」
裕一「えっ…何で?」
鉄男「昔の上司が こっちの新聞社に勤めてて 人手が足りねえから来てほしいって。 世話になった人の頼みだしな。」
裕一「そっか…。」
音「福島三羽ガラスの次の曲 楽しみにしてたんだけど。」
裕一「いや… 諦めないよ僕は。 諦めない! 今は… ねえ こういう時だから しかたないけど。」
鉄男「ああ… またいつかやろう。」
裕一「うん!」
久志「ああ 3人で。」
裕一「絶対!」
いつ何が起こるか分からない戦時下に 確かな約束などありませんでした。 それでも この時の3人は 再会を信じていたのです。