仕事部屋
茂「ほお~ よう描けとるなあ。」
菅井「ちょうど 終わるとこです。」
茂「どれ…。 はあ~ これまた 細かに 点を打ったもんだなあ。」
菅井「つい 夢中になっちゃいまして。」
相沢「さすがですねえ 菅井さん。」
菅井「妖怪 描くの 僕 性に合ってるみたいです。」
茂「あんたも妖怪の仲間のような顔を しとるもんなあ。」
菅井「えっ? あの 先生!」
茂「ん? 何だ?」
菅井「この先も… 僕は ここで 仕事を 続けていけるんでしょうか?」
茂「え?」
菅井「もしも このまま 漫画の注文が増えなかったら… アシスタントは 1人でいいという事になると そりゃあ 相沢君の方が 何でも できるし…。」
相沢「菅井さん!」
菅井「そういう事になりそうなら 早めに告知してもらった方が…。」
茂「何を言っとるんだ! あんたが いなかったら 妖怪辞典を作るという大仕事が どうにもならんじゃないか。」
菅井「え…。」
茂「心配せんでもええ。 まあ なんとかなるだろう。」
菅井「ほんとですか?!」
茂「ああ!」
菅井「よかった…! これで 話を進められる。」
茂「あ?」
菅井「実は 僕! 結婚しようと思ってるんです!」
布美枝「えっ?!」
茂「ん?」
布美枝「あっ…。」
菅井「あ 奥さん。」
布美枝「京都のお土産 持ってきたんですけど… 菅井さん 結婚されるんですか?」
菅井「はい。」
布美枝「おめでとうございます!」
相沢「おめでとうございます。」
茂「まあ よかったな。」
菅井「はい! あっ じゃあ いただきます。」
相沢「いただきま~す。」
楽園の間
布美枝「お父ちゃん? こげな時間から 何を始めるんですか?」
茂「放りっぱなしに しとったけん 片づけてしまおうかと思ってな。」
布美枝「手伝いましょうか?」
茂「珍しいな。 いつもは あまり近寄らんくせに。 ほんなら… これ そこの柱に掛けてくれ。」
布美枝「はい。」
茂「俺な 自伝を頼まれとるんだが ボチボチ 書いてみようかと思ってな。 妖怪との つきあいから 始まった人生を 書いてみるのも ええかもしれん。」
布美枝「はい。」
茂「編集者は 『貧乏話が受ける』と 言っとるけん 貧乏時代の事も 赤裸々に書くぞ。」
布美枝「かまいませんよ 私は。」
茂「そげか…。 何しろ 1個分隊を養うには 妖怪画だけでは どげだいならん。 何でも やらんとな。」
布美枝「はい。」
茂「うん ええなあ。 どれも 魂が入っとる。」
布美枝「魂ですか?」
茂「ああ。 魂が入っとらんと宝物とは言えん。 どれも ええ。 立派な宝物だ。 ん? どげした?」
布美枝「いいえ。 こげしてみると 結構 面白いもんですね。」
茂「うん そげだろう。」
<漫画の注文は この後も しばらく途絶えたままでした。 けれど 書きためた妖怪画は 秋には 『水木しげるの妖怪辞典』 として 刊行され 茂の仕事を 大きく 広げていくことになるのです>