茂「その晩 夜更けまで起きとったら あの山の方から 『コーン』と 鳴く声が聞こえてきたんですわ。」
布美枝「はあ…。」
茂「今夜は 鳴かんなあ…。 ん?」
布美枝「あ… すんません。」
茂「ああ そうか。 今まで あれを見ちょったですよね。 あ? アハハハ えらい きちんと片づけたなあ。」
布美枝「勝手に触ったら いけんでしたか?」
茂「いやいや かまいません。 どうせ つけんのですけん。」
布美枝「え?」
茂「今日は 親が『どうげしても』と言うので つけちょったですが もともと 義手は 好かんのです。 ないもんを 形だけあるように見せても しかたないですけん。 ハハハッ。」
布美枝「はい…。」
茂「あっ! 今 聞こえたようですな コーンと。」
布美枝「えっ そげですか?」
茂「し~っ。」
布美枝「何も… 聞こえませんねえ。」
茂「(いびき)」
布美枝「寝とる…。 狐 鳴かんですよ。」
<結婚したとはいうものの 茂に会うのは 今日で まだ2度目>
布美枝「あ 雪…。」
<これから この人と どんなふうに 暮らしていくのだろう。 布美枝は まだ とまどいの中に いました>
布美枝「朝ですよ…。」
居間
布美枝「おはようございます。」
絹代「あ~ 布美枝さん。 朝ご飯は 干物で ええ?」
修平「コーヒー いれようか?」
布美枝「あの… 私が やります。」
修平 絹代「今日は ええ!」
修平「濃いめのコーヒーに 温めた牛乳を注ぐのが コツでな。」
布美枝「はい。」
絹代「朝ご飯は ご飯に 漬物 それに 干物が一番。 ねえ 布美枝さん。」
布美枝「はあ… あの 起こさんで ええんでしょうか?」
絹代「茂?」
布美枝「声は かけたんですが…。」
絹代「ちっとや そっとでは 目ぇ覚まさんよ。 子供の頃から ひどい寝坊で。 その上 朝 ご飯を ゆっくり食べるもんだけん 小学校は 毎日 遅刻しとった。」
布美枝「ほんなら 夏休みのラジオ体操なんか どげしてたんですか?」
修平「ラジオ体操?! そげなもん この世の中に ある事も 知らんかったろうな。 ハハハハハ…。」
<布美枝の育った 大塚の飯田家では 子供の朝寝坊など もってのほかでした。 家族そろって 朝食をとる 飯田家とは 何もかもが対照的な 村井家の朝でした>