布美枝「この辺りには 狐が 住んどるんですね?」
絹代「狐?!」
布美枝「ゆうべ そげな事 言うとられました。 向こうの山で鳴いとるって。」
絹代「ええ年して だらばっかり 言っちょる…。」
修平「狐なら すぐそこに おるわ。」
布美枝「ほんとですか?」
修平「お稲荷さんの境内で 赤い前垂れ掛けて 座っとるわ。 ハハハ…。」
絹代「だらばっかし…。」
布美枝「『のんのんばあに 教わった』と 言うとられました。」
絹代「ああ 昔 手伝いに来とった おばあさんの事だわ。 ご亭主が 拝み屋さん やっとって。」
布美枝「拝み屋さん?」
絹代「うん。 病気なんかの時に ご祈とう あげる人を この辺では 『のんのんさん』言うがね。 そういえば あの人 狐やら お化けやらの話 茂に聞かせとったな。」
修平「歌舞伎座に 『勧進帳』が かかるな。 こりゃええわ! 茂を送りがてら わしらも 東京に行こうか?」
絹代「どこに そげな お金がありますか。」
修平「なんとかなる。」
絹代「なりません! 今月の米屋の払いも まだですがね!」
修平「来月という月もある。」
絹代「米屋は 来月まで 待ってくれませんけん!」
修平「芸術は 人生の糧だぞ。」
絹代「ばからしい! 人生の糧の前に 暮らしの金を なんとかしてごしなさい!」
修平「うまい! うまい事 言うな。 うまい。」
絹代「あ~っ。 この だらず親にして あの だらず息子ありだわ!」
修平「ん? どげした?」
布美枝「え いいえ。」
修平♬『旅の衣は 鈴掛の』
<布美枝の母 ミヤコは 万事に控えめでした。 母とは正反対の 絹代の猛烈ぶりに 布美枝は ただ 驚くばかりでした>