道中
原田「うわ! やけに でっけえのが 追っかけてくる!」
布美枝「私のバッグ 返して!」
原田「この野郎! この野郎!」
布美枝「待ちなさ~い! 誰か その人 止めてえ~! 誰か~! その人 捕まえて~!」
田中美智子「あ! 泥棒だ!」
原田「ど ど どいて下さい…。 どいて下さい! あ ちょっと すいません! どいて下さい! ああ~! あっ てえ~!」
布美枝「私のバッグ!」
美智子「はい これ。」
布美枝「ありがとうございます!」
美智子「大丈夫? 他に 盗られたもんない?」
布美枝「はい 大丈夫です。 いけん 買った物 置きっぱなしだ…。」
美智子「あら? あなた これ!」
布美枝「黙って持ってきてしまった!」
美智子「あら まあ! 返さないと あなたが泥棒に なっちゃうわよ。」
布美枝「はい! あの お礼を。」
美智子「ううん いいから いいから 早く 行きなさい。」
布美枝「そしたら お金 払ったら すぐ戻ってきますけん。」
美智子「そんなに急がなくても 大丈夫よ~!」
原田「だっ だっ だ~!」
美智子「あ~っ! うちの商売もん こらっ 待て~!」
雑貨屋
布美枝「すんませんでした。」
雑貨屋「気にしないで下さい。 よかったですね。」
布美枝「ああ…。」
布美枝「あれ… もう おられん。 はあ… どげしよう。 名前も聞かんだった…。」
<東京第1日目にして いきなり 強烈な洗礼を浴びてしまった 布美枝でした>
水木家
居間
茂「置き引きですか。 まあ 何も盗られんで よかった。」
布美枝「東京は 怖いとこですね。 油断したら いけませんね。」
茂「お上りさんなのが 見透かされたんでしょうな。」
布美枝「(小声で)『だけん 一人で 行くのは 嫌だったのに…。』 私 すっかり慌ててしまって 助けて頂いた方に ちゃんと お礼も せんかったんです。 リュック背負って 風呂敷持って…。」
回想
美智子「大丈夫よ~!」
回想終了
布美枝「あの人 誰だろう…。 あの… どげですか?」
茂「え?」
布美枝「何が お好きか 分からんもんで。」
茂「ああ うまいですよ。」
布美枝「そげですか。 お店も 向こうと 売っとるもん ちょっこし 違っとりますし 何が ええのか迷ってしまって。」
茂「何でも ええです。 嫌いなもんは ないですけん。」
布美枝「あ そうだ…。 ご近所への挨拶は どげしましょう? 引っ越しの挨拶せんと いけんですよね。」
茂「気にせんでええですわ。」
布美枝「でも…。」
茂「みんな それぞれで やっとりますけん。 あっ! あ~あ~あ~! もう!」
布美枝「えっ?」
茂「あんた これにネギなんぞ 入れては いかん!」
布美枝「あ 買い物籠が 見当たらんかったもんですけん。 これが ちょうど ええかと…。」
茂「あんた これは 漫画を入れる 袋ですぞ。 においのつくものを 入れられては困ります! ああ ちょっこし におうなあ!」
布美枝「あ すみません。 よう洗って 干しときます!」
茂「そうして下さい。」
(置き時計の時報)
茂「あ いけん もう こんな時間だ! そしたら 俺は仕事があるんで。」
布美枝「え? まだ仕事ですか?」
茂「ええ。」
布美枝「何時頃に終わりますか? 家財道具や何かの事も ちょっこし相談…。」
茂「任せます。」
布美枝「え…。」
茂「今は 締め切りに向かって ばく進しとる時ですけん 他の事は考えられん。」
布美枝「はあ…。」
茂「1週間も帰省したのが 致命的でした。」
布美枝「致命的…?!」
茂「遅れを取り戻すには 猛ダッシュあるのみです!」
布美枝「お茶… 今 お茶入れますけん。 いけん。 お茶の葉 買い忘れた。 あ~あ…。 締め切りの事しか 言わん人だわ…。」