玄関前
布美枝「うわ! どげしました?!」
茂「いかん。 寝ぼけとって 足が絡まった!」
布美枝「え?」
茂「あ 痛っ…。 あ~ いたたた…! 痛!」
(犬のほえる声)
布美枝「あ~ 大丈夫ですか?」
居間
布美枝「あ… 青くなってきましたね。」
茂「う~ん! あ 痛~…。」
布美枝「もう 無理せん方がええですって。」
茂「そうも言っとられん。 これを届けん事には…! あ 痛っ!」
布美枝「あ~! もう ほら…!」
茂「はあ しかたない。 『1日 待ってくれ』と電報打つか…。」
布美枝「あの…。 私じゃ ダメですか?」
茂「え?」
布美枝「私 行きます。 原稿 届けに行ってきます。」
茂「目標地点は ここだ。 小さいけん うっかり見落とさんようにしえ。」
布美枝「はい!」
茂「敵は必ず原稿料を払い渋る。 あわよくば値切ろうという 作戦だが 退いてはいかん! 何を言われても受け流す。 ええね。」
布美枝「はい。」
茂「敵の作戦は決まっとる。 『近頃は 戦記物も売れんから うちも厳しいんだ』。」
(ちゃぶだいを叩く音)
茂「『もっと受けるもんを描け』。 ま いろいろ言われるが 惑わされたらいかん。」
布美枝「はい。」
茂「成功を祈る。」
布美枝「行ってまいります。」
茂「うん。」
富田書房
布美枝「この辺りのはずなんだけど…。 えっ… ここ?!」
布美枝「失礼します。」
富田「とっとと 出てってくれ おい! あんたの漫画は もう うちからは出さないと 何度も何度も言ってるだろうが!」
漫画家「そこを なんとか… 社長! お願いします 社長!」
富田「あ~あ!」
(3人のもみ合う声)
<初めて訪れた貸本漫画の出版社は 想像以上にオンボロで 漂う貧乏の気配と 怪しい雰囲気に 布美枝は 思わず たじろいでしまいました>