仕事部屋
(小鳥の鳴き声)
<戌井の訪問から 1か月ほどが過ぎて… 茂は 富田書房から注文を受けた 戦記物の漫画を描いていました>
茂「桜… ああ もう春だなあ。」
<相変わらず 仕事部屋にこもる 毎日です。 布美枝は そんな夫の仕事ぶりにも慣れ…>
玄関前
布美枝「行ってらっしゃい。」
<影の薄い下宿人の存在にも 余り 気にならなくなってきました>
居間
布美枝「あ… また 境港からだ。 3日前に 返事 書いたばっかりなのに。 『近頃は コーラなどという 外国の飲料が はやっているようですが 甘い飲み物は 虫歯の原因となるので…』。 コーラだって。 お母さんは 分かっとらんなあ。 うちには そげなもん買う 余裕は ありません。」
(ウグイスの鳴き声)
<今の布美枝の ちょっとした悩みは 境港に住む茂の母 絹代から 頻繁に手紙が来る事でした>
布美枝「深大寺の桜の事も もう 書いたし… 何書こう。」
(襖の開く音)
茂「富田書房に 原稿 届けてくる。」
布美枝「お疲れさまです。」
茂「(あくび)」
布美枝「徹夜ですか?」
茂「うん。」
布美枝「ちょっこし 休んでからにしたら どげです?」
茂「そうもいかん。 遅れたら 原稿料を値切る口実にされかねん。」
布美枝「そげですね。 あ 境港から また葉書が来ておりましたよ。」
茂「『元気でやっとる』と 書いといてくれ。」
布美枝「他には 何か?」
茂「いや いらん事は書かんでええ。 心配させると 毎日 葉書を書いて よこすぞ。」
布美枝「え…。」
茂「本人が乗り込んでくるかもしれん。 そうなったら やっかいだぞ。」
布美枝「はい。 あ… 行ってらっしゃい!」
茂「は~い。」
布美枝「元気で やってます… と。」
(物音)
茂「アイタ~ッ!」
(犬のほえる声)
布美枝「え?」