連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」第31話「アシスタント一年生」

戌井「どうも すいません。 いや~ 『墓場鬼太郎』 本当に 驚きました。 怪奇物の漫画は いろいろ ありますが 『鬼太郎』のようなのは初めてです。」

茂「自分も あれには かなり手応えを 感じとるんですがねえ。」

戌井「この先の展開を考えると ワクワクしますよねえ! 早く続きが読みたいなあ!」

茂「続きですか…。 それは しばらく出ません。」

布美枝「そうなんですか?」

茂「そういう事になりました。」

戌井「分かります。 あれだけの作品です。 構想を練るのにも 時間が かかりますよね。」

茂「構想は ほぼ出来とるんです。」

戌井「ほう そうか。 腰を据えてかからなきゃ あの絵は なかなか描けないですよね。 丹念に書き込まれていて 手を抜いてる所が まるでない。」

茂「いや そういう事でなくて…。 打ち切りなんです。」

戌井「えっ?!」

布美枝「打ち切り…?」

中森「そうですかあ。 打ち切られましたか~。」

茂「はい。 あんまり 営業成績が 振るわなかったようで。」

戌井「そんな…。 まだ 1巻目が 出たばかりじゃないですか! これからが 面白くなるところなのに!」

茂「そうなんですけどねえ。」

布美枝「打ち切り…。」

茂「金の事は 心配いらんです。 他の漫画を描きますけん。」

布美枝「はい…。」

(ちゃぶだいを叩く音)

戌井「どうかしてます! あれを打ち切るなんて どうかしてますよ! だから 貸本漫画はダメなんです!」

戌井「ちょっと ごめんなさい。 絵の迫力! 構図のうまさ 意外な着想! 抜群じゃないですか~! これが分からんとは 富田社長の目は節穴か?! そんな 漫画の価値の分からん人間が 銭もうけだけのために 出版をやってる。 それが そもそもの間違いなんです!」

茂「向こうも 食べていかねば ならんですからなあ。」

戌井「いやいや 僕が出版社ならば 水木さんの漫画で命を懸けます!(荒い息遣い) 怪奇物! 戦記物! ギャグ! どれも面白い! これに比べて僕なんか 漫画 描いてるんだか 恥 かいてるんだか 分かったもんじゃない!」

茂「そんな 大げさな。」

戌井「本当なんですよ。 近頃は 質より量で 乱作に乱作を重ねて 駄作ばかりを 連発している始末です…。」

中森「分かります。 貸本の安い原稿料では 数を描かないと とても食っていけませんから。」

戌井「妻と赤ん坊が いるもんで…。」

中森「若い人は量産できるから まだ いいですよ。 私なんぞ 年のせいか 書き飛ばす体力もない。(ため息)」

戌井「やっぱり 貸本漫画は ダメですね。」

(鍋の煮える音)

茂「煮詰まったかなあ?」

戌井「え?」

茂「鍋ですよ。 ほら 話しとるうちに すっかり煮詰まってる。」

布美枝「あ だし 足しましょうかね?」

茂「うん。 はい。 怒ると腹がへるでしょう。 自信を持って描いたもんでも 世間から見向きもされん事も あります。 けど 大声を出して 怒ってみても 何にも ならんのです。 漫画家は 黙って 描き続けておれば ええんです。」

戌井「はい…。」

布美枝「おじやにしましょうかね?」

茂「お それがええ!」

玄関前

戌井「大変 ごちそうさまでした。」

茂「いえいえ。」

布美枝「電車 まだあります?」

戌井「あの 自転車なんで。 僕 家が 国分寺なんですよ。 自転車なら 30分です。」

茂「だったら 近道を行くと ええですよ。」

戌井「近道? どこですか?」

茂「墓場を突っ切って行くんです。 そこの多摩霊園を。」

布美枝 戌井「墓場?!」

戌井「いや~ こんな夜分に 墓場巡りは ちょっと…。」

茂「近道なんだがなあ。」

戌井「ハハハハ! それじゃ また 来ますんで。」

布美枝「お待ちしております。」

戌井「はい! あ… あの 水木さん。」

茂「はい?」

戌井「いつか また 『鬼太郎』を 描いて下さいね。 僕 待ってますから。」

茂「分かりました。 味わいのある男だねえ。」

布美枝「はい。 ええ方ですね。」

茂「うん。」

戌井「待ってますから。」

茂「ハハッ はい。 実に 味わいのある顔だ。 背中にも 何ともいえん哀愁がある。 『鬼太郎』の続きか…。 いつになるかなあ。」

<漫画への情熱 でも どうにもならない厳しい現実。 貸本漫画家達の抱える さまざまな思いを 少しだけ知った布美枝でした>

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