浦木「失敬な。 この浦木克夫 今や 出版プロデューサーとして 一目置かれる存在よ~。」
茂「プロ…?」
浦木「これ 見てみろ。」
中森「おっ 『手相術』?! これ 大ベストセラーじゃないですか?!」
浦木「古いブームに乗って 大売れよ。」
中森「あ 『易入門』。 これも 売れてますよ。 浦木さんが 作ったんですか?」
浦木「ん~ いかにも。」
茂「うん? これ『易入門』の後に 小さく『のススメ』とあるぞ。」
戌井「あ こっち 『手相術』じゃなくて『手相の術』! 何だ ベストセラーに似せた まがいもんか。」
浦木「たまたま 売れとう本と 似たようだね。」
茂「よう 言うわ。」
浦木「ベストセラーの そっくり本を 出すぐらい 常識 常識。 中森さん これ せん別に差し上げよう。 運が開けるせ~。」
中森「はあ…。」
はるこ「ごめんくださ~い。」
茂「ん?」
布美枝「あら 今頃 誰かしら?」
浦木「回覧板でも 届けに来たんだろう。 この家に 奥さん以外の女が 來るはずないけん。 お前は 女に もてんけん。」
茂「お前に言われる覚えは ないわ。 二度も女房に 逃げられとるくせにな。」
中森「逃げられたんですか~?」
戌井「二度も?!」
浦木「あ あれは 発展的解消と言ってだな~。」
はるこ「先生!」
茂「お~ あんた。」
はるこ「先生 決まりました! 本を出すんです。 私 デビューするんです!」
(犬の鳴き声)
布美枝「何もないですけど どうぞ。」
はるこ「いただきます。」
茂「本は どこから 出るのかね。」
はるこ「若村書房です。 少女漫画専門の貸本出版社の。」
戌井「あ~あ あそこは まだまだ 元気があるねえ。」
はるこ「10回目でやっと 合格しました。」
布美枝「10回目?」
はるこ「はい。 若村書房への売り込みです。 あんまり しつこいもんだから 根負けしたみたいで。 でも 私 1冊で終わりにはしません。 がぜん ファイトがわいてきました。」
茂「食え食え。」
はるこ「いただきます! おいし~い。 私 最近 パンの耳ばっかり かじってたんです。 ご飯作る時間も もったいなくて。」
中森「同じ物 食べてても 違うもんですなあ。 私も パンの耳 かじってましたが ファイトも な~んも わきません。」
布美枝「中森さん。」
戌井「中森さん。」
はるこ「今日は 何の集まりなんですか?」
浦木「あなたのお祝いですよ。 これ あなたに差し上げましょう。 運が開ける本です。」
はるこ「はあ…。」
中森「そうですね。 その方に 差し上げた方がいい。 私には もう 占うほどの 未来は ありませんから。 『老兵は ただ 去りゆくのみ』です。」
<漫画を諦めて去っていく中森と 道を 切り開き始めた はるこ。 対照的な人生が交錯する ほろ苦い夜。 布美枝は 新しい命の事を 茂に切り出しかねていました>