玄関
茂「どげな事でしょうか?」
三澤「税務署の方に 申告されている所得 非常に 少ないですねえ。」
茂「あ~ 貸本漫画は 景気が悪いですから。」
北川「それにしても 少ないですね。」
茂「はい。 しかし 怠けとる訳ではありませんよ。 毎日 12時間以上も 働いとるんです。 それでも これしか収入がないというのが 我ながら 不思議でしょうがないんですわ。」
三澤「不思議って。」
茂「世間の仕組みが どうかしとるんでしょうな。」
北川「もうじき お子さんが 産まれるようですね?」
茂「はい。」
北川「それで こんな額では やっていけないでしょう?」
茂「はあ 四苦八苦しております。」
三澤「という事は 何か他で 収入を得ているという事ですね?」
茂「え?」
布美枝「違います。 さっきから 他に収入はないと 言っとるじゃないですか!」
茂「どういう事だ?」
布美枝「疑っておられるんです。」
茂「疑う?」
三澤「この金額じゃ おかしいですよね。」
北川「失礼ですが 所得の申告漏れが あるのではないですか?」
茂「いや そげな事は…。」
三澤「漏れているんではないとすると 故意に 所得を 隠していらっしゃるとか?」
茂「えっ?」
北川「あなた達も 霞を食ってる 訳じゃないでしょう? 生きている以上 飯を食べていく訳ですし。」
三澤「すると この金額じゃ おかしいですよね。 これで やっていけるはずがない。」
茂「何を言っとるんですか! それしか金がないから こっちは 苦労しとるんですよ。 飢え死にせんように 日々 闘っておるんです!」
三澤「どうも 納得いきませんね。 やっぱり 何か他で 収入があるんじゃないですか?」
茂「他でとは どういう事ですか?」
北川「例えば 株を売ったとか。」
布美枝「株?」
北川「本の刷り部数を 実際よりも少なく 報告しているとか。」
布美枝「そんな!」
三澤「うっかり お忘れの 贈与とかね。 こっちも仕事ですんで おかしいところは 気づく訳です。」
北川「こうして 家まで構えていて こんな額で暮らしている というのは 幾ら何でも。」
三澤「ねえ。」
北川「税務署のチェックは ザルではありませんよ。」
茂「(ため息) 我々の生活が 貴様らに分かるか! これ 見ろ!」
三澤「うわっ!」
北川「これは 質札?」
三澤「えらい量だ!」
茂「まだ疑うなら 家捜しでも何でも したらええ!」
(2人の悲鳴)
<税務署が 所得隠しの疑いを持つほど 村井家の収入は わずかなものだったのです>
玄関前
三澤「村井さん 質札 もう1枚ありましたよ。」
仕事部屋
茂「この世から 金というものが 消えたような気がする。 貧乏神?!」
居間
布美枝「何か寒気がする。」
<まるで 貧乏神に 取りつかれているかのようでした>