戌井「あ~ はい。」
茂「ほんなら 事務所は どこでもええじゃないですか。 水道橋でも この 国分寺の長屋でも あんたが おるとこが すなわち 会社ですよ。 しかし ここいらで 一人 社員を 増やすという手も ありますな。」
戌井「いやいや そんな余裕は とても。」
茂「肩書は そうだな 特別顧問 いや 相談役かな。 資金繰り以外だったら 何でも 相談にのりますよ。」
戌井「水木さん…!」
茂「奥さん 特別顧問と言っても 給料も 株の配当もないので 心配いらんですよ。」
早苗「ああ…。」
戌井「じゃあ 顧問 早速なんですが 新人漫画の 持ち込み原稿 見て下さい。」
茂「拝見しましょう。」
戌井「これなんですけども…。」
茂「うん まあ 悪くは ないですな。」
戌井「うん そうでしょう。 なかなか 将来性ありでしょう!」
茂「いや しかし 促成栽培はいかんですよ。 もっと 長い目で見て 育てんと。」
戌井「ああ まあ それは そうです。 ですから ここね こことか 結構 いいと 思うんですけどねえ…。」
玄関前
茂「ほんなら また。」
早苗「お気をつけて。」
(雷鳴と雨の降りだす音)
茂「ああ 落ちてきたかあ。」
居間
早苗「面白い人ね。」
戌井「だろう? 何とも言えない味がる。」
(2人の笑い声)
(雷鳴)
早苗「やだ 振ってきた。 水木さん 自転車で 大丈夫かしら?」
玄関前
(雷鳴)
早苗「水木さん 傘! 本降りになりそうだから 差してって下さい。」
茂「え ああ いや… お借りするのは ええんですが 返しにくるのが 面倒ですから…。」
居間
戌井「どうかしたのか?」
早苗「傘 差してってもらおうと 思ったのに 『要らない』って言うのよ。」
戌井「えっ!」
早苗「変なとこ 遠慮武深いのね。」
戌井「お前… 自転車 乗って 水木さん どうやって 傘 差すんだよ!」
早苗「えっ?」
戌井「腕 一本だぞ。」
早苗「あっ…。 やだ 私 失礼な事 言っちゃったわ。」
戌井「あの人が 気にしてないから こっちも つい 忘れちまうんだよなあ 水木さんが 腕一本だって事」
早苗「嫌な顔も しないで…。 ほんとに いい人だわ! ねえ。」
戌井「ん?」
早苗「会社 頑張らなきゃね。」
戌井「どうしたんだよ 急に?」
早苗「稼がなきゃね。 うちも 水木さんとこも もっと 楽にならなきゃ嘘よね!」
戌井「ああ そうだよな! うん。」