こみち書房
男1「愚劣な貸本漫画が 日本の将来を担う子供達に いかに 悪い影響を与えるか あなた達も 考えて頂きたい!」
日出子「下品で どぎつくて 陰湿で。 うちの子供には 絶対に 読ませたくありませんわ。」
女1「第一 まあ 不衛生ですわよねえ! どこの誰が読んだか 分からないような本を 消毒もせずに 次の子供に貸すだなんて! ねえ~!」
キヨ「図書館だって 同じじゃないか。」
女1「え?」
美智子「いえ。 うちも 業界団体の指導を守って できるだけ 衛生的に 健康的に やらせて頂いておりますので。」
男1 しかし 肝心の本が 健康的ではない!」
女達「そうよ!」
男1「暴行 傷害 殺人 いかがわしい迷信 エログロ・ナンセンス。 どれもこれも 恐るべき低俗さで 実に非文化的だ。 子供に 犯罪の芽を植え付けかねん!」
キヨ「そんな 大げさな…。」
美智子「おばあちゃん…。」
男2「東京五輪を来年に控え 外国からのお客様も 多い時です。 日本の子供達が こんなものに 夢中になっていては 国の品格に関わる。」
一同「そのとおり!」
日出子「漫画は 明るく 健全でなければなりませんわ。」
女1「漫画は よい子のものですよ!」
美智子「はい…。」
日出子「『不良図書から 子供を守る会』としましては 小中学生に 貸本漫画を 貸し出さないよう要望します。」
田中家
(子供達の遊ぶ声)
布美枝「『子供の健全な育成のために 俗悪低級な漫画を絶滅させ…』。 ひどい!」
キヨ「時々 來るんだよ。 市民団体だか何だか知らないけど 正義のタスキをかけてね。」
美智子「しばらく来ないと思ったら また 張り切って盛り返してきたわねえ。」
キヨ「つぶれそうな貸本屋を いじめて 何が面白いんだか もう…。」
布美枝「あんまりです… 俗悪とか 絶滅させるとか。 一生懸命描いとるのに。」
美智子「ほんとよねえ。」
布美枝「あの人達 ちゃんと 読んどるんでしょうか?」
キヨ「読んでなんか いないよ~! 貸本漫画は 頭から 悪いって 決めつけてんだよ!」
布美枝「ひどい…。」
美智子「でも 言い返しても 火に油を 注ぐだけ。 『承りました』って 頭下げとくしか ないの。」
キヨ「自分が正義だと 思ってる人達ほど 恐ろしいもんは ないねえ。 これじゃ 戦争中と同じだよ。」
布美枝「貸本漫画は どうなるんでしょうか? つぶされて しまうんでしょうか?」
美智子「大丈夫よ。 これまでだって こういう事は ずっと あったんだから。 それでも 貸本漫画は なくならないし うちだって なんとか 続いてるでしょ?」
布美枝「はい…。」
子供達♬『空をこえて ラララ』
<漫画の主流は 既に 週刊漫画雑誌に移っていました。 そして テレビアニメの時代が 本格的に幕を開け… 貸本漫画は ますます 時代から 取り残されていくようでした>