連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」第74話「初めての里帰り」

水木家

居間

富田「いや~ 奥さんに ばったり出くわしちゃったんで つい 逃げ出そうとしたんだけれども 水木さん 私 あなたに 会いに来たんだ。 それで 貸本屋の前を 通りがかって つい 懐かしくなって ふらふらっと。 読んだよ 『悪魔くん』。 ありゃ いいねえ。 うん!」

布美枝「どうぞ。」

富田「はあ どうも。 あ~!」

茂「あれから どうしとったんですか?」

富田「まあ そりゃ いろいろとね。 ほら 何せ 借金取りから 逃げなきゃならないだろ。 今は 五反田の小さな印刷会社で 製本の作業員をやってる。 毎日 紙を触ってるとさ こんなに 手がガサガサで あかぎれが できちゃうんだけども。 それでも 他の仕事よりは 楽しいんだよ。 本を扱う仕事だからね。 これ。」

茂「何ですか?」

富田「幾らもないんだけど…。 あなたには 一番 迷惑をかけた。 だから 金ができたら 少しでも 返そうと思って。」

布美枝「あの。」

富田「はい。」

布美枝「上着 貸してもらえませんか?」

富田「え?」

布美枝「ボタン 取れそうです。 つけ直しますけん。」

富田「あ~ あ! これ?」

富田「いや 私がね 漫画の版元 始めた頃は そりゃ いい時代だったよ。 何を出しても バンバン売れてさ。 ジャンジャン もうかって 事務所も借りて 人も雇ってさ。」

富田「それから 漫画家の先生に 原稿料 支払う日なんかはさ 机に こう バ~ンと 札束 積み上げてさ。 ハハハ! それで どっかで 取り違えてしまったんだね。 漫画は 金もうけの道具としか 見れなくなった。」

茂「出版も 商売ですけん。 もうけなけりゃ どうにもならんですよ。」

富田「私ね 戦争前は 保険の営業やってたんだよ。 だから 文学だとか 芸術だとか 高級な事は よく分からんし だから 漫画 見る目も ほんとは これっぽっちもありゃしないんだ。 きっかけはね 戦後の闇市だった。露天商がね 地べたに こう ゴザを広げて どっから 集めてきたんだか 山のような漫画を積み上げて 売ってたんだよ。」

富田「そりゃ もう すごい人だかりでさ。 私も 必死になって 夢中になって こう 手ぇ伸ばして なけなしの金で 1冊 買った。 腹が減ってる事も忘れて 何度も 何度も 夢中になって読んだ。 戦争が終わった。 死なずにすんだ。 また 明日から生きていけるって 漫画 読んでてね しみじみ そう思ったんだよ。 ずっと 忘れてた。 私は 漫画が好きだったんだよ。 漫画が大好きだったんだよ!」

茂「富田さん。」

布美枝「ボタン つきました。」

富田「あ~ こりゃあ。」

布美枝「はい どうぞ。」

富田「ありがとう。」

(戸の開く音)

浦木「お~い ゲゲ おるか?」

布美枝「あら! 浦木さん?」

浦木「干物になっとらんか 見に来てやったぞ。」

富田「あんたは…!」

浦木「ん? どっかで見た顔だな。」

茂「お前… さんざん迷惑かけといて!」

浦木「誰だっけ?」

布美枝「富田さんですよ。」

浦木「富田? 富田ねえ…。 用事を思い出したな。 また来るわ。」

茂「は?」

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