キヨ「せっかくだからね オリンピックに ちなんだものがいいよ。」
美智子「そうねえ…。」
布美枝「ワッペンは どうですか? 五輪のワッペン。」
美智子「あ いいわね!」
布美枝「ミシン ありますんで フェルトで 簡単に出来ますよ。」
和田「田中さん ちょっと いいかい?」
美智子「あら 何だろう。 今頃 地主さん。 …は~い。」
こみち書房
美智子「どうぞ…。」
和田「はい。 いや その… うちも 長い事 値上げせずに やってきたんだけど 物価は 上がるし 固定資産税は 上がるしで もう どうにも。 今度の契約更新から 値上げさせてもらわないと やっていけなくてね。」
美智子「一気に 2倍ですか…。 あ~ 厳しいなあ…。」
キヨ「あの人ね この辺りの地主さん。 和田洋品店のご主人。 ここね 上物は 自前なんだけど 土地は 借地なんだよ。」
和田「2倍にしても この辺りの 地代の相場からしたら まだ 安い方だよ。」
美智子「ええ… それは よく分かってます。」
和田「よそにも 同じ条件で 納得してもらってるから おたくも なんとか一遍で 契約更改って事に してもらえんかね。」
美智子「は~。」
田中家
キヨ「地代が 2倍か… 弱ったねぇ。」
美智子「このまま続けるの やっぱり 無理かしらね~。」
布美枝「えっ… まさか ほんとに 商売替えするんですか? 貸本やめて 電気屋さんにするって…。」
キヨ「それ 何の話だい?」
布美枝「いえ ええんです。」
美智子「誰が そんな事 言ってたの?」
布美枝「勘違いです… 私の。」
キヨ「誰かから 聞いたんだろ?」
布美枝「あの… 浦木さんが…。 喫茶店で 政志さんが そんな相談しとられるのを 聞いたって 言うもんですから。 あ~ ええ加減な人なんですよ 浦木さんって。 うちの人も 『あいつの言う事は 真に受けるな』って 言ってますけん。 すいません。 私 余計な事 言って。」
キヨ「いや あの~ 政志 多分ね 昔の仕事仲間と会ってたんだよ。」
布美枝「昔の…?」
キヨ「電気工してた頃の仲間さ。 今じゃね 千葉で 電気工事の会社 やってる。 『一緒に 働かないか』って 誘われてるようだけど…。」
布美枝「ほんなら ここ ほんとに 電気屋さんになるんですか?」
美智子「ううん そうじゃないの。 その人の会社に来ないかって。 手が足りないらしくて。」
キヨ「昔はね… いい腕してたんだよ。 政志も…。 仕事が好きでね…。 それが 戦争が終わって シベリアから戻ってきたら すっかり変わってた。」
美智子「仕事の誘い 幾つも あったのよ。 でも… 『電気工は 嫌だ』って みんな 断っちゃって。」
布美枝「なしてですか?」
美智子「…分からない。」
キヨ「どこ勤めても 本気で働かない…。 あ~あ ここをね 電気屋に替えるくらいの 気力があったらね。」
美智子「よしましょう こんな話…。 おばあちゃん もう しばらく 値上げせずに 頑張ってみようか。 メダル作戦で 子供達 集まるかもしれない。」
キヨ「そうだね。」
美智子「東京オリンピックまで うちも 貸本オリンピックで 頑張りましょう!」
(美智子とキヨの笑い声)
美智子「手間かけて 悪いけど メダル作り お願いね。 私も 店の飾りつけ 一工夫 してみるわ。」
布美枝「はい。」