夜
浦木「お前は バカだ! 雄玄社の注文を断るなんて 身の程知らずにも 程がある! 愚の骨頂 あきれた だらずだ!」
茂「うるさいなあ…。」
浦木「あの男 相当 頭に来とったぞ。 帰り際 お前の背中を じ~っと にらみつけとった。 あ~ もう二度と 声は かからんだろうなあ。 お前は 人生に たった一度しかないチャンスを みすみす 棒に振ったんだ!」
茂「宇宙物は 気乗りせんのだ。」
浦木「ははん お前 さては 貧乏で テレビが買えんから 人類が 宇宙遊泳に成功した事 知らんかったんだな。 そんな旧式な事では 時代についていけんぞ。」
浦木「奥さん 大手の出版社なら たとえ 読み切り1本でも 貸本より よほど もうかるんですよ それを断るなんて ゲゲは この ど貧乏暮らしを よほど 愛してるんでしょうな。」
茂「ああ うるさい! ゴチャゴチャ言うな! 立て ほら! さっさと帰れ!」
浦木「まだ 飯 飯…。」
茂「失恋のやけ酒でも飲んどれ!」
浦木「あっ 野蛮人! あっ!」
(戸が閉まる音)
茂「飯…。」
布美枝「はい…。 テレビがないのが いけんのですか?」
茂「ん?」
布美枝「宇宙の資料が要るなら… 本代くらい なんとか。」
茂「だらっ。 仕事のことに口出すな!」
雄玄社
少年ランド編集部
豊川「戻りました。」
編集部員達「あ お疲れ~。」
編集長「どうだった? トヨさんご執心の水木しげる。」
豊川「すいません。 断られました。」
編集部員達「ええっ?!」
編集長「嘘だろう?」
高畑「ほんとかよ?! お前。」
福田「ホホホ…。」
編集長「信じられんなあ。 貸本漫画家が うちの注文を断るかねえ。」
豊川「宇宙物は 気乗りしないそうです。」
高畑「それ 言い訳じゃないかな。」
豊川「ええっ?」
高畑「貸本は 初版2,000部だろう? うちが 40万部超えてるのを知って びびったんじゃないの? ヘヘヘ…。」
編集長「しょせん 大舞台に乗る器じゃないって事だ。」
福田「今度ばかりは トヨさんの 直感も外れましたね。 ヘヘ…。」
回想
回想終了
豊川「何か あるんだよなあ。 あの人…。」
梶谷「トヨさん ちょっと…。」
豊川「おう。」
廊下
梶谷「小耳に挟んだんだけどね。」
豊川「おう。」
梶谷「上の方じゃ 今度の人事で トヨさんを 編集長に据えるつもりらしいぜ。」
豊川「冗談言うなよ! 俺 まだ30前だぜ。」
梶谷「いや ありうる話さ。 今の編集長 第1出版局の局次長に 就くらしいから。」
豊川「よその部から 誰か 天下ってくるだろう。」
梶谷「勘弁してくれよ。 文芸誌辺りの 年寄りに来られたら 売り上げ ガタ落ちだ。」
豊川「まあ 誰が来ても 『ランド』の売り上げ支えるのは 俺達 現場の部員だよ。 さあ 仕事 仕事! 今日は 朝まで校了だ。」