オハラ洋装店
「このごろは ほったらかしやで!」
糸子「なあ! ハハハ! 若かったら ええけどな!」
「誰も見てへん!」
玄関前
糸子「おおきに! また よろしゅう。 あ…。」
優子「お母さん。」
糸子「あ?」
優子「そんなに いちいち お客に 頭下げる事なんかないわよ。」
糸子「あ?」
優子「洋裁師って仕事に もっと 誇りを持った方がいいと思うわ。 原口先生も そう おっしゃってた。」
糸子「また 原口先生かいな?」
優子「だって 本当よ。 原口先生が『これからは 洋裁師の社会的地位が どんどん上がって 芸術家の 仲間入りする事になる』って。」
<原口先生っちゅうのは 東京に 優子を呼んでくれた先生で>
優子「ねえ お母さん ここはね もっと大胆に ダーツを取った方がいいって 原口先生おっしゃったんだけど。」
<すっかりかぶれてしもてるらしい 優子は まあ 二言目には 原口先生 原口先生>
優子「ねえ お母さん 見てよ! 原口先生が…。」
糸子「うる~さい! 仕事中じゃ!」
居間
糸子「はあ?」
千代「そういう事ちゃうやろか。」
糸子「あっほらし。 ほんな訳あるかいな。 そもそも ええ年やろ? 原口先生て。」
千代「せやから 余計 心配なんや。 あんな若い娘が あない 原口先生 原口先生て。 ちょっと おかしい。」
糸子「あの子は 昔から そうやんか。 小学校で 軍事教育 受けて 竹やり持って やあ~ やあ~て 練習してたがな。 先生に言われたら 何でもかんでも ごっつい ありがたがる タチなんや。」
千代「その… 何や おかしな事 なってんとちゃうやろか。」
糸子「ないて! あんなあ お母ちゃん。 そもそも お母ちゃんはな 若い頃 別嬪やったよって 男ちゅうたら 寄って来るもんや思てるやろ。 ほんな事ないんや。」
千代「ええ?」
糸子「うちかて お母ちゃんが いちいち うれしがるほど 何も モテへんかったしな。 優子かて 見てみ? そら ちょっとは 東京行って あか抜けたかもしれへんけど。 まだまだ じゃがいもみたいなもんや。 そんな 東京の男の先生 かもってくれるかいな。」
千代「いや ほんな事ないで。 優子は 今日 帰って来やった時かて はれ どこの女優さんや? ちゅうくらい きれなってたしな。」
糸子「身内の欲目や。」
千代「はあ~。」
優子「ふ~ん。 これ? 大賞 取ったってやつ。」
直子「そうや。」
聡子「優子姉ちゃん その寝巻き かいらしいなあ。」
優子「これ?」
聡子「うん。」
優子「これ 私が縫ったのよ。」
聡子「へえ~!」
優子「あんたにも縫ったげようか?」
聡子「え? うん! 縫うて。」
優子「分かった。 じゃあ 東京で縫って 送ったげる。」
聡子「わ~ ありがとう!」
優子「いいじゃない。 すごく。 やっぱり あんたは才能あるわよ。 本気で絵描き 目指すといいわ。」
直子「何や それ。」
優子「え?」
直子「自分は 途中で投げたくせに。」
優子「そうよ。 だって 長女だもの。 姉妹の誰かが 背負わなきゃいけないものを 私が背負ってあげたの。 だから あんた達は 私の分も 本気で 自分の道 進まなきゃ駄目よ。」
玄関前
昌子「は~ 間に合うた!」