町中
『生意気な小僧め お前からやってやる! 覚悟しろよ! それ~! かかれ~! やあ~!』。
<ミシンかて パッチかて そもそもは 洋服を作りたて 始めた事やったんでした>
糸子「忘れちゃった。」
小原家
座敷
<結局 誰も着んまま しまい込んでる間に これも すっかり色あせてまいました うちも毎日の仕事に 追われてる間に 肝心な事を 忘れてしもうてました あない洋服 作りたいて 思てたのに。 昔は ここから こないして見てたら>
糸子「もっと うれしかったのになあ。」
<うちの夢 冷えてしもたんかの>
(足音)
木之元電キ店
木之元「見てっちゃってよ 買うてっちゃってよ! 木之元電キ店! あ! 奥さん ラジオ知ってるか ラジオ! ええで ええで! 見てっちゃって!」
♬~(ラジオ)
糸子「奈津!」
奈津「あ!」
糸子「何で? あんた洋服 着てんの?」
奈津「ええやろ 別に。」
糸子「どないしたん? その洋服。」
奈津「どないしたって 作ってもうたに 決まってるやんか。」
糸子「作ってもうた? 誰に どこで?」
奈津「心斎橋。」
糸子「心斎橋?」
奈津「心斎橋に このごろ ええ洋裁店 ようさん出来てるさかい。 こないだも また新しいのん 頼んできたとこやし。」
糸子「何で あんたが洋服やねん。」
奈津「何でて 何やねん。 失礼やな。」
小原家
座敷
糸子「うわ~!」
(せみの鳴き声)
<うちの夢やのに 洋服は うちの夢やったのに>
糸子「う~ん。」
<うちがボケっとしとる間に 奈津の方が 洋服に近づいてまいよった>
(わめく声)
<作らな はよう うちも 洋服 作らな!>
(わめく声)
善作『やかましい! 何バタバタしとんねん!』
<そやった それには やっかいな事があったんでした>