吉田屋
控え室
奈津「何や?」
糸子「別に。」
奈津「また何か うちに余計な事を 言いに来たんけ? 誰に聞いたか知らんけどな 旦那が芸子と逃げたくらい うちは 蚊ぁに刺されたほども 気にしてへんねん。」
糸子「逃げた?! 旦那が? ほんまけ? 知らんかった…。」
奈津「ほな 何しに来たんよ? あんた。 何なんや? 用ないんやったら帰りよ。 こっちは 忙しのに。」
糸子「いやいやいや! ちょっと待ってよ!」
奈津「ああ?」
糸子「あんた 菊乃って知ってるけ?」
奈津「菊乃? ああ わか竹のか?」
糸子「知ってんけ?」
奈津「有名や。 別嬪で。」
糸子「ほうか。」
奈津「菊乃が どないしたん?」
糸子「浮気しちゃったんやし。」
奈津「誰が? あんたの旦那け? は! 嘘やろ。」
糸子「ほんまや。」
奈津「あんたの旦那ごときが 菊乃みたいな上玉と。」
糸子「いや ほんまやねんて。」
奈津「あんたの旦那… どんな顔しちゃあったっけ?」
糸子「顔は ともかく 羽振りは よかった思うねん。 うちに たんまり 稼ぎがあるよって。」
奈津「自慢け?」
糸子「自慢な訳ないやろ? 旦那に 浮気されちゃったちゅうのに。」
奈津「ほな 何やねん。」
糸子「何ちゅうか。 うちの周りの男らがな 口そろえて『男の浮気の 一つや二つ どうっちゅう事ない』て言いよったんや。 お父ちゃんとか 近所のおっちゃんとかがな。 急に がっしり 円でも組むみたいに 旦那をかばいよんのが 腹立ったんや。」
糸子「あいつら… 誰かの浮気を どうっちゅう事 ない事にしといたら 自分の浮気も どうっちゅう事 ない事になる 思てんや。 その根性が 気にくわんねん。 みんなで ほんまの事を どないか ねじまげたろちゅうな。 うちらは…。 うちら女は 絶対 そんな事せえへんやんか?」
奈津「知らんわ ほんな事。」
糸子「え?」
奈津「あんたの旦那の浮気やろ? 自分で考えりよ。」
糸子「はあ。」
奈津「しょうもない話に つきあわさんといてんか。 忙しのに。」
糸子「堪忍。」
奈津「ほんで あんたの旦那は 何ちゅうてんよ。」
糸子「それが 出征してしもてな。」
奈津「はあ! なおさら もう どうでもええ話やんか。 しゃきっとしいや!」
<これや。 これでええ。 うちと奈津 女同士は これでええんや>
河原
<目を開けたら 雪が降ってました>