台所
「やっぱし 闇やろか?」
「決まってら。 せやないと おかしいやろ。 ここの家だけ こない 食べ物 あんの。」
「そないゆうたら ここに人が 配給所に もらいに来んの 見た事ないわ。」
「うちも。」
(節子の せきばらい)
居間
靖「こん度は 急な事で… 何ちゅうたら ええか…。」
糸子「ああ お父ちゃんが よう ごちそうになったちゅう やっさん!」
靖「ヘヘヘ… ちゃうんや。 世話んなったんは こっちなんやで。 昔 わし 借金で 首 回らんように なった事があってな そん時 お宅のお父ちゃんが そら 親身になって 仕事 かき集めてきてくれたんや。」
糸子「そうでしたか…。」
靖「なあ こんなん言うて 余計な事やったら 堪忍してよ。 わしんとこ 今 工場で 軍服 作っててな 仕事やったら なんぼでも あんやし。 もし この先 洋裁屋の商売が 難儀するような事が あったら いくらでも 仕事 下しちゃるさかい 遠慮せんと 言うてきてや。」
糸子「はい… おおきに。 おおきに!」
(柱時計の時報)
<お父ちゃん みんな ほんまに優しいわ。 お父ちゃんが そんなけ みんなに 優しい しちゃあった ちゅう事やろな おおきにな お父ちゃん>
美代「ああ おおきに おおきに。」
静子「あんな おばちゃん。」
美代「ん?」
静子「糸子姉ちゃんが 言うちゃったんやけどな。」
美代「うん。」
静子「おばちゃん お父ちゃんの幽霊と しゃべったって ほんま?」
光子 清子「幽霊?」
美代「フフッ… おばちゃんも あんなん 初めてやった。」
静子「怖なかったん?」
美代「怖い事 あるかいな。 そん時は 何も知らんかったけど ひょっと見たら あんたらのお父ちゃんが いつもどおり『毎度!』ちゅうて ニコニコしながら 入ってきただけやからなあ。」
節子「え 何て しゃべったんですか?」
美代「小原さんな『いや~ ほんでも 奥さんにも よう 世話になってるなあ』言うさかい まあ 珍しい事 言うわ 思て。」
清子「機嫌とってる。」
静子「幽霊やのにな。」
光子「なあ!」
(3人の笑い声)