柴田家
詰め所
富士子「あれ どこ行ってたの?」
泰樹「え… どこでもいいべ。」
富士子「父さん ちょっと…。」
泰樹「えっ 何だ?」
富士子「なつがね 東京に行きたいって 言い出したのはさ…。」
泰樹「何だ?」
富士子「お兄さんと妹のこととは別に ほかの訳があるのかも。」
泰樹「ほかの訳?」
富士子「なつには 東京で したいことがあるのかもしれんわ。」
泰樹「何だ? したいことって。」
富士子「あの子の口から 聞いたわけじゃないから はっきりとは言えんけど そんな気がするんだわ。」
泰樹「だったら 何で それを言わんのだ?」
富士子「悪いと思ってるからでしょう 私らに。 酪農とも農業高校とも 関係ないことだからね。 言い出せないのさ。 ここで働いて 何年かしたら行きたいって言ったのは そういうことなんでないかい。」
台所
照男「よいしょ…。」
夕見子「何? これ。」
明美「兄ちゃんが作ったの。」
照男「牛乳の鍋だ。」
夕見子「うえっ…! 何してんの!」
照男「うめえから。 食ってみれや。」
夕見子「やだ。」
明美「これ 照男兄ちゃんが考えたの?」
照男「まあな… 牛乳と みそが合うんだわ。」
夕見子「いらない。」
照男「はあ?」
富士子「夕見子 なつは?」
夕見子「あ… まだ 部屋で落書きしてる。 ねえ ほかにないの?」
(戸が開く音)
弥市郎『おばんでした。』
剛男「あっ 誰か来た。」
富士子「誰だろ?」
弥市郎『阿川です。』
照男「あっ 弥市郎さんだ!」
砂良「おばんです。」
照男「どうぞ。」
富士子「おばんです。」
なつ「弥市郎さん! 砂良さん! この前は どうも ありがとうございました!
弥市郎「おう 元気かい? しっかりした子ども。」
なつ「やめて下さい。 父さん 母さん じいちゃん この人らが 私を助けてくれたの。」
弥市郎「牛乳のお礼に寄りました。」
なつ「牛乳?」
富士子「お礼なんて なんも… あれは こっちのお礼ですから。」
なつ「お礼に行ってくれたの?」
富士子「当たり前でしょ。」
弥市郎「お返しといっちゃなんだが… これを 受け取って下さい。」
剛男「わあ なんて立派な!」
明美「熊が ラブレターくわえてる!」
照男「バカ! 何言ってんだ お前 失礼だべ。」
夕見子「ん? 何でお兄ちゃんが てれてんのさ。」
照男「てれてねえべよ。」
弥市郎「それじゃ これで。」
剛男「あ… それじゃ こっちのお礼になりませんよ。」
富士子「ちょっと待って下さい。」
泰樹「飯でも食ってけや。」
弥市郎「いや… 夜中に失礼しました。」
砂良「お邪魔しました。」
なつ「弥市郎さん… また 森へ行ってもいいですか?」
弥市郎「ああ いつでも来い。 森は 誰のもんでもねえからな。」
砂良「いつでも待ってるからね。」
照男「はい。」
夕見子「ん? 何で お兄ちゃんが返事してんの?」
照男「兄としてだべ。」
夕見子「えっ?」