坂場「なるほど。 危ないからやめろと 周りの人に言われても 一歩も引かず 見ていろと崖を下ってゆく。 それが 後に 鵯越の逆落としにつながる ということを 想像させる場面ですからね。」
なつ「何を言ってるんですか?」
坂場「牛若丸が 前のめりになるのは 正確描写として分かることにしましょう。 けど 馬はどうですか? 馬は怖がりませんか?」
なつ「何で…。」
坂場「そうは思いませんか?」
なつ「あっ 思います…。 あっ… かもしれません。」
下山「分かった! 君の言いたいことは よ~く分かった。 しかし それは 演出の露木さんの意見なのか? それとも 君の意見?」
坂場「露木さんも 同じことを 疑問に思ってました。 けど 僕が 初めにそう思ったので 聞きに来たんです。」
下山「あ… そうか。 分かった。 直すよ。」
なつ「えっ?」
下山「直すって 露木さんに 伝えといてくれない?」
坂場「それじゃ よろしくお願いします。」
なつ「あの… ちょっと待って下さい!」
坂場「はい…。」
なつ「リアリティーって何ですか? アニメーションのリアリティーって 実際の人間や動物の動きを そっくり おんなじに描く っていうことですか? それで 子どもは楽しいんでしょうか? アニメーションにしかできない動きを したりするから 楽しいんじゃないでしょうか?」
坂場「アニメーションにしかできない表現ということですか?」
なつ「はい そです! 子どもが見て ワクワク ドキドキするような。」
坂場「子どもが見るものだから リアリティーは無視してもいい ということですか?」
なつ「いえ そんなことは言ってません!」
坂場「僕には 実際 まだ分かってないんです。 皆さんのやろうとしていることが。」
なつ「えっ…。」
下山「は? どういうことかな?」
坂場「現実的な世界のリアリティーを 追求しようとしているのか それとも おっしゃるとおり アニメーションにしかできない表現を 追求しようとしているのか… どこに向かってるのか 分かってないんです。 すみません 新人なもので。 これからも教えて下さい。」
下山「あっ 君 えっと…。」
坂場「坂場一久です。 失礼しました。」
下山「しかし すごい新人が入ってきたね。」
麻子「カチンコも たたけなかったくせに。 東洋動画の問題点を ずばり 口にしやがった…。」
なつ「問題点?」
茜「えっ それは何ですか?」
堀内「この会社の方向性だよ。 僕も 前から よく分からなかったんだ どこに行きたいのか。 今 やってるのだって 日本の時代劇に ディズニーの要素を 適当に入れてるだけじゃないか。」
なつ「待って下さい。 適当なんですか? 私は 仲さんや下山さんの原画は その2つを結びつけてて すごいなって思います。」
仲「ありがとう。 でも いいんだよ。 僕たちに 気を遣ってくれなくても。」
なつ「仲さん 気を遣ってるわけじゃありません。」
仲「あの新人の言うことも 堀内君の言うことも正しいんだよ。 アニメーションの作り方に 明確な方法は まだないわけだから。」
井戸原「ディズニーの原則だって もう古いのかもしれないしな。」
下山「我々は 我々ができる新しい表現を 今 ここで 見つけていくしかないんだからね なっちゃん。」
なつ「はい…。」
麻子「それから 奥原さん。 あなた まさか 鵯越の逆落としが何なのか そんなことも 知らないわけじゃないわよね?」
なつ「えっ…。 知ってますよ そんくらい。」
制作課
露木「お どうだった?」
坂場「描き直してくれるそうです。」
露木「えっ 本当か? もめなかったのか?」
坂場「別に。 大丈夫でした。」
露木「よく プライドの高い絵描きたちを 納得させたな。」
坂場「分からなかったんで 聞いただけです。」