東洋新聞
学芸部
愛「ちょっと待って お父様。 式場を押さえた?」
豊「高輪のおじさんのホテル 11月なら 大安の日を 押さえられるって言うから。」
愛「でも 一旦 予約したら…。」
豊「それと マンションの件 そろそろ 頼むぞ。」
愛「ちょっと待って お父様。」
豊「何か 問題でも?」
愛「いや 問題は 特に…。」
豊「早く仕事を辞めて 孫の顔を見せてくれ。 就職を認めた時の 約束だったじゃないか。 頼んだぞ。」
(電話が切れる音)
(不通音)
田良島「大野。 例の企画 最終まで残ったぞ。」
愛「えっ?」
田良島「シリーズ『変わりゆく日本と世界』。 大野が提案したファッションの企画。 あと一歩のところまで来た。 もっと ねらいを明確にして 来週までに 出し直せるか?」
愛「…」
田良島「学芸部に来て 何年になる?」
愛「5年です。」
田良島「大野は 優秀だ。 映画 演劇 音楽 美術 もちろん料理。 どの分野も そつなくこなし 取材相手や 上司の扱いもうまい。 だけど『これは 大野にしか書けない』と 思わせる仕事には 恵まれてこなかった。」
愛「結果が残せてないのは 私の力不足です。」
田良島「諦めるのか? 自分の幸せを。」
愛「幸せ?」
田良島「幸せは 結果ではない。 ワクワクして 夢に向かって頑張る時間 それが 幸せってもんじゃないのか?」
田良島「指くわえて待ってても 幸せは訪れない。 あれ 俺 ちょっと いいこと言っちゃった? 恥ずかしい~。」
愛「ご苦労さま。 遅くまで大変ね。」
和彦「ありがとう。」
愛「戦没者の遺骨収集…。 例の沖縄の企画 まだ 諦めてなかったんだ。」
和彦「諦めるわけないだろ。 会社を辞めてでも 絶対に取材したい。」
愛「私の企画の件 知ってる?」
和彦「ああ 最後まで残ってるんだって? 通るといいよね。」
愛「どう思う?」
和彦「どうって?」
愛「結構 真剣に悩んでるんだけど。」
和彦「特集記事で評価されれば この先 パリにだって 取材に行ける可能性もあるじゃないか。」
愛「マンションの契約の件 どうするの? 今日 父から電話があって 11月に 結婚式場を押さえたって。 このまま 放っておいたら 何もかも 父親が決めたとおりになる。 それでも いいの?」
和彦「僕は 愛の意志を尊重する。 女性も 自分自身の意志で 人生を選ぶべきだって いつも言ってるじゃないか。」
愛「何にも決めないし 行動もしない 決断は 任せる。 それって 逃げてるのと 同じじゃない?」
和彦「だから 僕は ただ 愛の気持ちを…。」
愛「私は 和彦の気持ちが聞きたい。 迷ってるから相談してるの。」
和彦「迷ってる?」
愛「親の期待も裏切りたくない。 女としての幸せも手に入れたい。 だけど 記者としての私も 大事にしたい。 でも どうせ 大した仕事もできないって 自分を疑う私もいる。」
愛「この自己矛盾を 誰かに解いてもらいたい。 強い光で 進べき道を 照らしてほしい。 まだ 正式に プロポーズもされてないのに どうして 私だけで 話を進めなきゃいけないの?」
和彦「ごめん…。」
愛「謝っちゃうんだ。 つらいな…。 ほかに好きな人でもいるの?」
和彦「違う。 何言ってんだ そんなわけないだろ。」