春日「十分 食べさせてもらえなかったんですよね。 …それが 私の帰らない理由です。」
(ごはんの炊ける音)
春日「あっ ごはん炊けましたね。」
野本「あっ いいの! ちょっと蒸らした方がいいから。 それより話の続きを… あ! でも 話したくなかったら 無理しないでね…。」
春日「いえ 聞いてほしいです。 その… うちは 保守的な家庭で 幼い時は それでも 何とも思ってなかったんですけど…。 成長するとともに気付き始めました。 だんだん食事に差をつけられることや 父が弟に分けたものを私がねだると 叱られること。」
春日「弟は遊んでるのに 私だけ 台所の手伝いをさせられること…。 それから 家族の中に どうして序列があるんだろうと 疑問に思うようになりました。 私は いつも おなかをすかせていて ある晩 眠れずに ベッドから抜け出したんです。」
回想
(物音)
父「何だ まだ起きてたのか。 早く寝ろよ。」
回想終了
春日「母の料理だって いつもおいしかったのに その時食べたトーストは 本当においしくて…。 どうして おいしいものを こんなみじめな気持ちで 食べなければならないのか おいしい食べ物は 世の中にたくさんあるのに 私は この場所で食べ続けるのか…。」
春日「そう思いました。 それで 父を なんとか説き伏せて 県外の大学へ行って 地元で就職しろと言われても戻らず こっちで就職して 今に至ります。 一回も実家へは帰ってないです。 家を出てからは とにかく これまでの分を取り返すように 食べていたと思います。」
野本「今も…。 今も そうなんですか?」
春日「いえ 野本さんと出会って 『食べたい』を受け入れてもらえてからは ずいぶん前より楽です。」
野本「そっか…。 話してくれて ありがとう…。 ごめん… 私が泣くことじゃないのに…。 (泣き声)」
春日「どうぞ。」
野本「あっ すいません。 (泣き声) 私… 作った料理を 春日さんに食べてもらいながら… 押しつけになってないかなって ずっと思ってたんです。」
春日「なってないですよ。」
野本「うん。 私もね 春日さんにね…。」
春日「はい。
野本「ただ『作りたい』を受け入れてもらえて うれしかった。」
春日「そうですか。」
野本「これまで 自分の好きなことやってるだけなのに 『家庭的でいいね』とか 『いい奥さんになるね』とか 全部 家とか男のためみたいに言われて… すごく嫌だったから。」
春日「そうだったんですね…。」
野本「私は 春日さんに出会えて 本当によかったんです。」
春日「それは 私も…。」
(おなかの鳴る音)
(笑い声)
野本「おなか減ったね。 ごはん食べよっか。」
春日「はい。」