こみち書房
美智子「はい 5冊で50円。」
客「はい。」
美智子「ありがとうございます!」
布美枝「『さいとう・たかを』。」
美智子「まあ 便利だこと。 悪いわね 手伝わせて。」
布美枝「いいえ。」
美智子「お店 立て込んでくると 返ってきた本 棚に戻す暇がなくてね 積み上がっちゃうのよ。」
布美枝「お店 ひっきりなしですもんね。」
美智子「時間大丈夫? そろそろ ご主人 お勤めから 戻ってくる事じゃない?」
布美枝「あ… そしたら これ片づけたら。」
美智子「うん。」
<布美枝は 夫が 貸本漫画家である事を 美智子に言いそびれていました>
回想
富田「ご主人の本 ここんとこ 売り上げが下降線でね。」
布美枝「下降線…。」
回想終了
布美枝「やっぱり 人気ないのかなあ。」
小林太一「おばさん。 これの3巻… まだ出ない? 俺 この漫画の続きが 読みたいんだけど…。」
美智子「どれ? まあ 怖い絵ね。 『墓場鬼太郎』 水木しげる と…。 うん 分かった。 今度ね 問屋に行ったら 聞いとく。」
太一「お願いします。 そしたら これ借ります。」
美智子「あら 太一君 また借りるの? 3回目じゃない?」
太一「何べん 読んでも 面白えから。」
布美枝「それ… 面白いですか?」
太一「は?」
布美枝「この漫画!」
太一「あ… はい。 面白いです。」
布美枝「ありがとうございます!」
<この ちょっと内気そうな青年 小林太一が 布美枝が初めて出会った 茂の漫画の読者でした>
美智子「まあ! どうしたの?」
布美枝「あ… いえ。」
土井真弓「こんばんは!」
順子 政子「こんばんは!」
美智子「いらっしゃい。」
土井「小林さん 何の本 借りてるの?」
太一「ああ いや…。」
(小銭の落ちる音)
布美枝「はい どうぞ。」
太一「どうも。」
政子「何だろう? 慌てちゃって。」
順子「小林さんって 変わってんのよね いっつも 気持ち悪い本 読んで。」
布美枝「『気持ち悪い本』か…。」
順子「美智子さん。」
美智子「ん?」
順子「この間 借りた本 すごい面白かった。」
真弓「また もう1回 読みたくて。 ないかな?」
(少女達の談笑)
太一「は~! ダメだな 俺。」
(豆腐売りのラッパの音)
真弓「おばさん 今度ね 同僚の子が 結婚するんだけど お祝い 何がいいかな?」
美智子「予算は どのくらい?」
政子「あんまりないんだけど それなりに見えるものが いいんだよね。」
順子「やっぱり 食器かなあ。」
美智子「そうねえ。 スリッパなんか どう? おそろいの。」
3人「いいかもね。」
キヨ「あの子達 里山製菓の工員さん。 近くに寮があるから 毎日 うちに 顔出すんだよ。」
布美枝「常連さんなんですね?」
キヨ「本は 借りたり 借りなかったりだけどね。 みんな 早くから 親もと離れて 働きに来てるだろ。 ほんとならね 親に聞くような事を うちの美智子に相談しに来るのさ。 あ! あんた 旦那 うちで お腹すかせてんじゃないの?」
布美枝「あっ! そうだった。」
キヨ「フフフ!」