2階
布美枝「もうっ!」
茂「おい!」
布美枝「お兄さんのところが大変なのは よく分かりますよ。 けど うちだって 藍子がおるんですから。 そんな余裕ありません。」
茂「向こうは 育ち盛りが 2人おるんだ。 困っとるのを ほってもおけんだろ? こっちも 兄貴には いろいろ 世話かけとるし。 『悪魔くん』の第2作目が 描き上がれば 金も入ってくるけん。 少し都合つけてくれ。」
布美枝「(ため息)」
玄関前
雄一「じゃあ しばし拝借。 兄弟は 持ちつ持たれつで やっていかんとな。」
茂「おう。」
雄一「すぐ 返すから。」
茂「できた時で ええぞ。」
雄一「おう。 茂!」
茂「うん。」
雄一「漫画 しっかりやれよ!」
茂「おう!」
布美枝「どっちが お金 貸したんだか 分からんわ。」
茂「あの 悠揚迫らざる態度が 兄貴の 大物なとこかもしれんな。」
布美枝「はあ~。」
茂「さあ 張り切って仕事するか。 2冊目 早こと描き上げんとな。」
<ところが それから数日して…>
居間
布美枝「ちょうど今 原稿 持って そちらに 伺うとこだったんですよ。」
茂「あれ? 原稿 取りに 来てくれたんですか?」
戌井「水木さん。 申し訳ない。」
布美枝「戌井さん?」
茂「どげしました?」
戌井「勝手な お願いに上がりました。 『悪魔くん』 次の3冊目で 終了させて下さい。」
茂「え?!」
戌井「申し訳ない。」
茂「打ち切りという事は 1冊目の売れ行きが よくなかったという事ですな?」
戌井「発売して 1か月半 大体の結果が 見えてきました。 2,300部 取り次ぎに納品して 実は もう 半分近く 返品されてきました。」
茂「えっ?」
(お茶をこぼす音)
布美枝「あっ! すいません。」
戌井「恐らく 最終的には 6割近く 返品されるのではないかと。」
茂「それでは 話になりませんな。 あんた 制作にかかった金は 払えるんですか?」
戌井「待ってもらいます。 まだギリギリ なんとか持ちこたえてますが…。 このまま シリーズを続けて 赤字が膨らんだ場合は…。」
茂「うん とても立ち行かんな。」
<茂と戌井が 精魂 傾けて 世に送り出した『悪魔くん』は 無残なまでの 大失敗となったのでした>