布美枝「手伝いましょうか?」
茂「ああ ほんなら 虫眼鏡 取ってくれ。 そこの引き出しに入っとるけん。」
布美枝「はい。」
茂「お~ これなら よう見えるなあ。 そのまま じっと 持っとれよ。」
布美枝「はい。」
茂「鼻息で 吹き飛ばさんようにせ。」
布美枝「分かっとります。 細かいとこまで よう出来とりますねえ。」
茂「うん 実に 正確に 本物を再現しとる。 よし もう ええぞ。」
布美枝「はい。 へ~え こげんなっとるんだ…。 あ あっ ちょっこし そこ 曲がっとりますよ。」
茂「え?」
布美枝「ほら そこ そこ そこ。」
茂「こちょこちょ うるさいなあ。 ほんなら お前がやれ!」
布美枝「え…。」
茂「ほれ。 これな… この穴。」
布美枝「はい。 ん? これですか?」
茂「うん。 おお なかなか うまいな。」
布美枝「あ~っ いけん。 緊張して 手が震える…。」
茂「もう一つ やってみろ。 これ。」
布美枝「はい。 けど なして 戦艦なんですか?」
茂「ん?」
布美枝「『お父ちゃんは 昔から いろんな 事に 熱中する癖がある』って 浦木さんが言っとったけど…。」
茂「ああ~ 子供の頃から 船が好きだったけんなあ。 6つぐらいの頃 境港に 連合艦隊が来た事があったんだ。 戦艦から航空母艦 駆逐艦 巡洋艦 ずらっと 150隻ばかり現れて…。」
布美枝「そげん たくさん?」
茂「おう。 水平線が見えんほど 並んどった。 勇ましくて 強そうで 町中総出で 艦隊見物だ。」
布美枝「へ~え。」
茂「おい ちょっと これ 切ってくれ。 ゆっくりで ええ。 慎重にやれよ。」
布美枝「はい。」
茂「港に つないである 駆逐艦を見に行った時な 海軍さんの下士官が 近づいてきて…。 俺に敬礼するけん こっちも 敬礼を返したら それが気に入ったのか 軍艦に乗せてくれたんだ。」
布美枝「軍艦に?!」
茂「うん 大砲に ぶら下がったり 水兵達と一緒に 飯 食ったり 面白かったなあ。」
布美枝「本物の軍艦で遊んどったんですね。」
茂「うん。 …で 明日は出港という日になって 海軍さんが 俺を養子にくれと言って 家に来たんだ。」
布美枝「え~っ!」
茂「俺は すっかり 海軍さんの子に なる気でおったんだが イカルが 猛反対だ。」
布美枝「当たり前ですよ。 お母さんが そんな事 承知するはずありません。」
茂「海軍さん がっかりしとったなあ。 戦記漫画を描いとる時に あの時の 駆逐艦が載っとる本を見て 無性に再現したくなったんだ。」
布美枝「へえ…。 海軍さんの養子に行っとったら お父ちゃん 今頃 どげなっとったでしょうね。」
茂「さあなあ…。」