台所
邦子「貴司さんに 好きな人が お~なさった なんて ちっとも 気づかんだったわ。」
布美枝「ええ年だけん そげな人が おっても おかしくないわね。」
邦子「入り婿というのがねえ…。」
<気持ちの優しい貴司は 父の思いと恋人との 板挟みになって 身動きがとれず 悩んでいたのでした>
2階
布美枝「いずみ…。」
いずみ「ええなあ 藍子は。」
布美枝「え?」
いずみ「東京で暮らせて。」
布美枝「東京も ええ事ばかりじゃないよ。 うちの周りは ここより田舎だし。 銀座とか 華やかな所もあるけど 住んどっても そげなとこには めったに行かんしね。 久々に戻ってみて… やっぱり 安来は ええとこだと思ったわ。」
いずみ「そげな事 分かっとるよ。 けど 若いうちだけでも 東京に出てみたいと思うのが そんなに いけんの? 『安来は ええとこだ』とか 『東京の暮らしは大変』とか ここを出てったけん 言える事だわ。 私の希望も聞かんで 『地元で教師になれ』なんて お父さんが決めるの おかしいわ。」
布美枝「いずみ…。」
いずみ「結婚だって 今どき 見合いなんか 時代錯誤よ。 アナクロだわ。 貴司兄ちゃんも どうかしとる。 お父さんに言われて 好きな人を 諦めるなんて!」
布美枝「けど 家の事は そげん 簡単には割り切れんよ。 お父さん ず~っと この店を 守ってきたんだし…。 貴司だって それを分かっちょ~けん 迷っとるんだわ。」
いずみ「ほんなら お姉ちゃんが 継げば よかったじゃない。 ここへ残って 店 やっとったら よかったんだわ。 結婚して 3年半も 戻ってこんかったくせに。 この先も ずっとずっと 東京で暮らすんでしょう? こっちに残っとるもんの 気持ちなんか 分からんわ!」
布美枝「あっ…。」
<変わりなく 平穏そうに見えた実家も 実は 幾つもの火種を 抱えていたのです>