居間
布美枝「わあ きれい!」
茂「うまそうだなあ! おうっ 上等だ。」
布美枝「茶色くないバナナ 久しぶりですね。」
戌井「え?」
布美枝「あ… フフフ!」
戌井「朝一番に 書店で買いました。 いや~ 面白いです。」
茂「なかなか ええ雑誌ですな。」
戌井「昔の漫画の再録とかもあって 創刊にしちゃ いささか 荒っぽいですが。」
茂「深沢さん 大慌てで 作りましたからなあ。 自分は その短編 3日で描きました。」
戌井「3日?!」
茂「ええ。 何しろ 注文を受けた その日は 閉め切りを過ぎとるんですから。」
戌井「ハハハ。」
茂「それでも 断固 創刊すると言って 少しも ひるまんのですからねえ。」
戌井「いや あの人らしいな~!」
布美枝「古いおつきあいなんですか? 深沢さんとは。」
戌井「ええ。 三海社の頃に 僕の漫画を 出してくれた事がありまして。」
布美枝「ああ。」
戌井「北西出版を立ち上げたのは 彼の影響もあります。 面白いと思うと ド~ンと 勝負する 山師みたいな ところがあるでしょう? あれに 憧れて。」
茂「確かに 山師のような目をしとるな。」
戌井「時々 大当たりを出しては しっかり もうけてる。 すごいな。 しかし…。」
茂「ん?」
戌井「本音を言えば じくじたるものがあります。 この勢い この破天荒さ。 力業です 雑誌を創刊するのは。 とても僕には 作れないな~。」
(風鈴の音)
戌井「風…。 そうだ この雑誌には 自由な風が 吹いてるような気がするな。」
茂「ええ。」
(風鈴の音)
こみち書房
はるこ「あった…。 あの…。」
キヨ「はい。」
はるこ「え~っと。」
キヨ「借りるなら 会員登録お願いしますよ。」
はるこ「いえ あの…。 この本 人気ありますか?」
キヨ「え? どれ。 『湖畔の白鳥』?」
はるこ「バレエ漫画なんですけど。」
キヨ「う~ん…。 あんまり 人気ないね。」
はるこ「え…。」
キヨ「だって ちっとも 汚れないもの。 人気のあるのはね ほら…。 ひっきりなしに 誰かが借りてくから もう汚れて よれよれだ。」
キヨ「アルコールで拭いて きれいにしてるけどね どうしても こうなっちまう。 ほら! あんた 『不良図書から子供を守る会』の 回しもんじゃないだろうね?」
はるこ「何ですか それ?」
キヨ「いや 違うんならいいんだよ。 あのね きれいに清潔にって 言われるけどね みんなに借りられて 痛んで ボロボロになるんだよ。 それが 貸本にとっちゃ 勲章だからね。」
はるこ「ボロボロになるのが 勲章…。 私の本 どれも きれいだ。」
水木家
玄関前
戌井「ついつい お邪魔してしまって すいませんでした。」
茂「漫画は 1週間くらいで描き上げて 持っていきますから。」
戌井「お願いします!」
深沢「あれ? 戌井さんじゃないか。 久しぶりだねえ あんたも 来てたのか?」
戌井「ごぶさたしてます。」
茂「どうしました?」
深沢「創刊のご挨拶に伺ったんですよ。 お祝いと お礼に これ。 あ~ 持ってきたけど 水木さんは 飲めないから 加納君 それ。」
郁子「お饅頭 お好きと伺ったんで。」
茂「大好物です。」
戌井「それじゃ 僕は これで。」
深沢「いやいや 水くさい事 言わないで あんたも 一緒にどう? いける口でしょう? 戌井さん。」
戌井「ええ まあ。」
深沢「奥さん お邪魔しても かまいませんか?」
布美枝「はい もちろんです。 どうぞ!」
戌井「また お邪魔します。」