北村「おっちゃん!」
糸子「座ちゃあたら…。」
北村「うるさい!」
糸子「あんな…。 こないだ あんたが言うてた話。」
北村「あ?」
糸子「『既製品で大きい商売 仕掛ける』ちゅうてたやろ。」
北村「お前 その気になったんけ?」
糸子「まあ 聞かせてみ。」
北村「その気になったちゅう事やの!」
糸子「いや まだ分かれへんけどな。 とにかく聞かせてみ ちゅうてんや。」
北村「ああ~ まあ あの 既製品商売ちゅうのはな 今 全国で ごっつい伸びてんねや。 ま わいんとこも 工場 2回 増築したし ミシンが10台 縫い子が26人。 店も3つにしたやろ。」
北村「そこの売り上げが もう ごめんやけど 天井知らずや。 天井ぐらい知っといた方が ええんちゃうか思うねんけどな。 もう知るか言うて ぐわ~ 伸びてっちゃあねん これ。 いてっ!」
糸子「自慢は ええんじゃ! 続き。」
北村「工場 大きなったやろ。 んで 百貨店 大口の問屋とも 顔は つながった。 作れるし 売れるんや。 あとは 何を作るかっちゅう事だけや。 要は 確実に あばける型。 これさえあったら ボロいねん。 ごっつい事になるど! そこで そこで お宅。 小原先生の ご教授を願いたいな 思ちゃあんねや。」
店主「どうぞ!」
北村「ああ おおきに!」
糸子「ふん…。」
北村「あれよ ほんまに あかんのけ?」
糸子「あれ?」
北村「前 言うちゃったやつよ! ほら あの… あれや。 サンレーランの。」
糸子「サンローランや。」
北村「ああ サンローラン。 これ これこれ これ。」
糸子「トラペーズラインけ?」
北村「いやな。 今 こっち見てみい ほれ。 サックドレスちゅうて 東京では もうごっつ 売りに出されてるらしいど。」
糸子「あかんて! こんなもん。 あんな。 何でも 東京の まねしちゃったらええ ちゅうもんちゃうで! そもそも 東京の流行は 大体 半年遅れて大阪に来るんや。」
北村「ふ~ん。」
糸子「ほんで 東京で売れたからて 大阪でも売れるとは 限れへん。 大阪には大阪の人間の 気質ちゅうもんがあってやな ほんまにええかどうか ちゃんと 見極めてからやないと 買えへん。」
北村「ほんなもんけ?」
糸子「トラペーズラインは 大阪では 絶対 流行れへん。 せやから やるんやったら これまでどおりの ディオールらしいもんを こさえた方がええ。」
北村「要するによ…。 この話 乗るっちゅう事け?」
糸子「まあな…。」
北村「よっしゃ~!」
木之元「静かにやれよ! お前!」
北村「悪い悪い悪い!」
糸子「こないだな。」
北村「ああ。」
糸子「組合長から ごっつい上物の生地 買えへんか ちゅうて 相談されたんや。」
北村「おう。」
糸子「それが 10反あってやな。」
北村「ああ。」
糸子「さすがに うちだけでは よう さばかん思てたけど その話やったら さばけるやろ。」
北村「いけるで!」
糸子「『一石二鳥』や。」
北村「おう!」