善作「あいつは あいつなりに思てるんです。 親として わしのできる事は 一つ。 家財一式 売り払うてでも 先生の教えを あいつに与えちゃる。 それですわ。 いや… それしか ないんですわ 先生! どうか 娘に洋裁を 教え…。」
根岸「ちょっと ちょっと 待って下さい。 ひょっとして それは 土下座というものを なさるおつもり?」
善作「はい!」
根岸「そんな… おやめになって! 早く 椅子に座って。 早く 早く!」
善作「あ… いや。」
根岸「はあ びっくりした…。 はあ。 土下座なんて 初めて…。」
善作「ああ そうですか。 いや 私ら 商売人は しょっちゅう やりますで。 こないだなんかは 床に 頭 こすりつけたら 上から下駄で踏まれて ここに 2本線 入りましたがな。」
根岸「嫌だわあ…。」
善作「しかし 何ですなあ 先生。 このコーヒーちゅうのは うまいもんですな。」
根岸「お礼ですけど。」
善作「はあ!」
根岸「私の希望を 聞いて頂きますわよ。」
小原家
玄関前
(犬の遠吠え)
木之元 善作♬『こがれこがれりゃ』
<その夜遅うに お父ちゃんは 木之元のおっちゃんと 酔っ払って 帰ってきました>
♬『テナモンヤないかないか道頓堀よ』
小原呉服店
善作「パッと見ぃはな ごつう黒いねん。 せやけど…。」
<寝てるうちらを たたき起こして 何や『コーヒーは うまいもんや』とか『いつか 飲ましちゃる』とか言うて 訳が分かりませんでした>
善作「そしたらな これが 悪うないねん。」
台所
糸子「嘘~!」
ハル「ほんまや。」
糸子「勘助 工場 クビになったん?」
ハル「うん。 玉枝さんが 昨日 来て 言うちゃった。 ほんまに 不況ちゅうのは 怖いもんやでなあ。 あんな でっかい工場が クビ切りよんやさかいな。」
糸子「へえ~。 へえ~。」
道中
糸子「不況やさかいな そら しゃあない しゃあない。 ヘヘヘッ…。」
安岡家
居間
玉枝「それがなあ うちのお客さんが『ちょうどいい話あんで』ちゅうて 昨日のうちに紹介してくれてん。」
糸子「お菓子屋?」
玉枝「そうやねん。 ご主人が 中風で 足 悪うしてな 店 手伝うてくれる若いの 探しちゃったんやて。」
お菓子屋
「おおきに!」
「おおきに!」
勘助「また来てや。 糸やん!」
糸子「何しとん? お前。」
勘助「何て 見たら 分かるやん。 今日から 菓子屋のにいちゃんや。」
糸子「昔 お前が だんご かっ払って おっちゃん 困らせた店やんか。 よう しゃあしゃあと 店番なんかして 恥ずかしないんけ?」
勘助「いや~ それが おっちゃんな 俺が 手ぇついて 謝ったら 泣いて喜んでくれてな『あの ごんたくれが わしを助けてくれるような年に なったんか』言うてくれて…。 俺も おっちゃんに できるだけの 罪滅ぼししたろ思ってんやよ。」
糸子「ふ~ん。」
勘助「工場なんかより 俺 こっちが ずっとええわ。 性に合うてるちゃうんかのう クビなって ほんま よかったわ。」