応接室
(ノック)
花村「は~い。」
「お連れしました。」
花村「はい。」
「どうぞ。」
糸子「こんにちは。」
花村「いや どうもどうも。 はい。 あれ?」
糸子「あれ?」
花村「ええと? 洋裁屋の小原さんというのは?」
糸子「うちです。」
花村「お宅?!」
糸子「へえ。」
花村「はいはい…。 はあ はあ はあ…。 それで? 何の御用ですか?」
糸子「お宅の店員さんの制服を うちに作らせてほしいんです。」
花村「はあ?!」
糸子「東京の黒田屋で 火事があってから 店員の制服を 洋服にすべきやちゅう 世論が 高まってます。」
花村「ああ それは 知っております。」
糸子「時代の流れから言うても 百貨店の制服は 洋服になるべきです。 動きやすうて 衛生的で 時代的です。 その新しい制服を うちに作らせてほしいんです。 うちは 東京の根岸良子先生の ご指導を受けました。 腕には自信があります。 例えば これ 見て下さい! ちょっと急いだよって くしゃくしゃやけど…。」
花村「なるほど 分かりました! はいはい!」
糸子「え?」
花村「はい! お帰りは あちら。」
糸子「いや まだ 話 終わってません。」
花村「終わってます。 お宅には 頼みません。」
糸子「何でですか?!」
花村「何でて…。」
糸子「ん?」
花村「ま 確かに そろそろ 制服を変えないかんという声は 店の中からも ぼつぼつ 上がっております。 けどね 百貨店の制服というものは いわば その店の顔みたいなもんや。 新しい制服を作るという事は つまり 店の新しい顔を作るという事です。 お宅に頼む訳には いきません。」
糸子「何で うちには 頼んでもらえへんのですか?」
花村「何でて… そら 当たり前やがな。 ポッと入ってきた どこの誰とも 分からんお嬢さんに そのシワシワの服一枚 見せられただけで 任せられますかいな そんな大事な事を。 そんな甘いもんやない。 実績が ちゃんとあって 信用のおける洋裁屋さんは なんぼでも いはります そっちに頼みます。」
糸子「よう分かりました。」
花村「さいなら。」
糸子「おっしゃるとおりです。 すんませんでした…。」
花村「はい。」
糸子「一個 聞いていいですか?」
花村「短くね。」
糸子「あの… 新しい顔って おっしゃった制服は 何が 一番 大事ですか?」
花村「そら まあ デザインやろね。」
糸子「デザイン。」
花村「うん。 人の顔で言うたら 造作やね。 パッと一見 見て『おっ ええな』と思える デザインの力やね。」
糸子「おおきに!」
花村「ええ。」
糸子「おおきに。」
花村「はい。」
安岡家
玄関
八重子「おおきに~。」
糸子「デザイン! 八重子さん デザイン! デザイン!」
八重子「何や 何やねん?」
糸子「デザイン どないしよう? デザイン!」
八重子「どないした? ちょっと…。」
居間
勘助「なあ 俺 この子がええわ。」
糸子「品がようて 誰にでも似合う…。」
八重子「どない?」
糸子「う~ん。 なあ これは?」
八重子「あ~あ…。」
糸子「あかん?」
八重子「百貨店の制服は もっと ピシッと してなあかんのと ちゃうか? まあ ピシッとしすぎても あかんのやろけどなあ。」
糸子「う~ん 難しなあ。」
八重子「『令嬢世界』より こっちの方で 探した方が ええかも。 うちが作った 切り抜き帳やねんけど…。」
糸子「見せて 見せて! あんたは 見んでええ。『令嬢世界』見とけ。」
勘助「何でやねん? ええやんけ。」
玉枝「糸ちゃ~ん。」
糸子「うん?」
玉枝「御飯 食べてくやろ?」
糸子「いらんいらん。 うち 家で食べるさかい。」
玉枝「う~ん 遠慮しいな。」
糸子「おおきに。」