八重子「あんなあ 糸ちゃん。」
糸子「うん。」
八重子「うち 実家に帰る事にしたんや。」
糸子「何で? 太郎らは?」
八重子「もちろん 一緒に連れていくよ。」
糸子「おばちゃん 1人になるちゅう事? せやけど… え…。 おばちゃん 1人にすんの?」
八重子「責めんといて 糸ちゃん。」
糸子「責めてへんけどな。」
八重子「うち うち もう無理なんや。」
(泣き声)
八重子「自分を薄情やと思う。 何ちゅう ひどい人間やと思う。 せやけど もう あの人と この先一緒にやっていく自信が 無くなってしもたんや。」
糸子「ひどなんかない。 薄情なんかとちゃう! 八重子さんが どんだけ辛抱してきたか うちかて知ってる。」
八重子「泰蔵さんが帰って来るまでは 何があっても 耐えるつもりやってん。 せやけど…。 もう帰ってきてくれへん。」
(泣き声)
八重子「お母さんなあ 糸ちゃん。 泰蔵さんが 戦死したんも うちと結婚したせいやて 言うたんや。『あんたが この家に 死神持ち込んだんや』て。」
糸子「まあ…。 正気と ちゃうんやな 今のおばちゃんは。」
八重子「もともと 神経の細い人や。 そこに こんな ひどい事が続いて ぼろぼろになって…。 うちに当たる事ぐらいしか でけへんかったやろ。 そんな事は 分かってんやけどな。 糸ちゃんみたいに 自分の 好きな仕事に打ち込めてたら もうちょっとは 辛抱きいたかもしれへんなあ。 好きな仕事ちゅうんは 力をくれるもんやろ?」
糸子「うん。」
八重子「うちには それすら 今はもう ないよって。」
(泣き声)
八重子「弱いわ…。 弱い女になってしもたわ。」
小原家
オハラ洋装店
<とっとと 戦争のことなんか 忘れて 前向きたい。 何もなかったみたいに ぱあっと おしゃれしたり お菓子食べて笑たりでけたら どんなええやろ>
糸子「いらっしゃい。」
<けど 戦争が残したんは 桁外れて重たて しんどて」
糸子「はあ~!」
昌子「はれ! 先生 戻ってる! 太郎ちゃ~ん 先生 戻って来たで!」
糸子「はあ? 太郎?」
優子 直子『離して! 離してもう!』
糸子「どないしたん?」
優子「離して もう!」
糸子「これ! やめ!」