病院
病室
雪衣「私が 女中として 雉真の家に奉公するようになった時 安子さんと るいちゃんは おらなんだ。 長男の稔さんが戦死されて 未亡人になった安子さんは 娘ょう連れて 再婚されたもんじゃとばあ思うとった。 奥様が時々 稔さんのことだけじゃのうて るいちゃんのことを恋しがって 泣きょおるんを見て 思うたんじゃ。」
雪衣「 安子さんいう人あ ひでえ人じゃと。 そねえな薄情な嫁のことも その嫁の産んだ子のことも 忘れてしまやあええんじゃ。 そねん思うて 一生懸命 お世話ぁしたんじゃ。 奥様のことも 旦那様や 勇さんのことも。 私ゃあ 肉親が 縁が薄かったから うれしかった。 せえのに…。」
回想
勇「おう。」
雪衣「坊ちゃん お帰りなさいませ。」
勇「ただいま。 義姉さんたちが帰った。」
安子「安子です。 今日からお世話になります。」
雪衣「あ… お世話じゃなんて そねえな。」
回想終了
雪衣「何で この人あ 今更戻ってくるんじゃろう。 どねんつもりなんじゃろう。 何で 勇さんと こねえに親しげなんじゃろう。 何で かわいい娘ょう置いてまで おはぎゅう売り歩かにゃあ いけんのんじゃろう。」
勇「そりゃあ…。」
るい「叔父さん。」
雪衣「あの時…。」
回想
るい「何でいけんの? 何で お母さんは 私のことを こけえ連れてきたん?」
回想終了
雪衣「あの時 寂しそうな るいちゃんの顔を見ょおるうちに 意地の悪い どす黒え気持ちが 腹の底から湧き上がってきた。」
回想
雪衣「安子さんは 女手一つで るいちゃんを育てることを諦めて 雉真の家にお返ししようと 決めたんじゃ思います。」
るい「返す?」
回想終了
雪衣「いたいけな るいちゃんに…。 ひでえこと言うてしもうた。 私が あねえなこと言わなんだら もしかしたら 安子さんと るいちゃんが 離れ離れになることも なかったかもしれん。 ずっと そねえな気がしとった。 生きとるうちに 安子さんに謝りたかったんじゃけど… もう それも かないそうもねえ。」
勇「雪衣。 何ゅう言よんなら。」
雪衣「私ゃあ 思いを遂げて 勇さんと一緒になった。 じゃけど… 気持ちが晴れるこたあなかった。 当然の報いじゃ。 お義父様が るいちゃんをかわいがるのを 見る度に思よった。 この家の嫁は 私じゃねえ。 安子さん ただ一人じゃ。」
勇「雪衣…。」
るい「雪衣さん。 もう 自分を責めんといてください。 みんな…。 間違うんです。 みんな。」
(すすり泣き)