台所
松村「これを どうぞ。」
富士子「ああ… もう こういうことは困ります。 うちの人は 農協に勤めてますから。」
松村「いや~ なんも なんも。 これは 長いこと おつきあい頂いてる 柴田さんへの ほんの… ほんの感謝のしるしだべさ。 ねっ…。」
富士子「いや…。」
剛男「それは 奥様封筒と呼ばれるものですね。」
松村「あ ご主人…。」
剛男「そういう つきあい方は もう古いんじゃないですか?」
泰樹「もらっとけ。」
なつ「じいちゃん…。」
泰樹「人とのつきあいに 古いも新しいもあるか。」
剛男「お金をもらう理由はないでしょう。」
泰樹「お前たちは どうして メーカーが悪いと決めつけるんじゃ。 メーカーは ちゃんと公平に 牛乳買ってるさ。 なぜ それを信じん。」
泰樹「この人には さんざんお世話になった。 牛が病気の時 どれだけ いい獣医を呼んでくれたか。」
剛男「だからって こんなことしてもらう理由は ないでしょう!」
泰樹「それを受け取ったからって わしは 何も変わらん。 これは この牧場への評価だと思っとる。 わしから要求したことはない。」
なつ「じいちゃん…。」
剛男「そんな理屈は通りませんよ!」
なつ「父さん…。」
泰樹「理屈の通らんことは これまで なんぼでもあった! この金で 富士子が少しでも助かるなら わしは 喜んで受け取る。 開拓の苦労を思えば… きれい事だけで 家族を守れるか!」
剛男「きたないことは やめましょうよ!」
なつ「父さん…。」
泰樹「何?」
富士子「とにかく このお金は お返しします。」
松村「いやいや…。」
富士子「いいわね? それなら 私の好きにして。」
夕見子「ただいま。 どうしたの?」
なつ「じいちゃん…。」
詰め所
なつ「ねえ 悠吉さん。」
悠吉「ん?」
なつ「悠吉さんたちは どう思う? 農協のしてること。」
悠吉「乳牛メーカーと 一括で交渉するって話かい?」
なつ「うん。」
悠吉「おやっさんの気持ちも分かるけど 助かる農家は多いべな。」
菊介「百姓は もともと 値段を交渉したりすることは あんまり得意でないからな。 どうしても メーカーの言いなりになっちゃうべさ。」
悠吉「農協がやってくれたら 安心だべさ。」
なつ「悠吉さんたちも本当は 自分の牛を飼いたいの?」
悠吉「えっ?」
なつ「だって 自分の土地があるのに 朝晩 ここで働いて で 自分の畑耕して大変しょ?」
悠吉「あっ… ハハハ…。 俺は 貧しい開拓民の八男に生まれて 子どもの頃に 奉公に出されて それが おやっさんと出会って 牛飼いを覚えてな 狭いながらも 自分の地べたを持てたのだって おやっさんのおかげだもな。」
なつ「だから 遠慮をしてるの?」
悠吉「遠慮とも違うな。 まあ おやっさんと牛を飼ってるのが 好きなんだべ。」
菊介「いつの間にか この柴田牧場を 自分の牧場のように 思ってるところがあるからな 俺たちも。 ここ どんどん でっかくしたいって。」
悠吉「なっちゃん この牧場は おやっさん そのものなんだべ。 だから そう簡単に 道を曲げられねえんだわ。」
なつ「う~ん…。」