らあめん清流房
夏川「生醤油油鶏そば お待たせしました。」
安本「店員さん。」
夏川「はい。」
「このラーメン いまいちだよ。作り直してくれ。」
夏川「あの…。」
安本「これじゃ 醤油の風味が最大限に引き出されてない。丸鶏スープの温度を もう2℃上げて 生揚げ醤油と合わせるといいよ。」
安本「さぁ さぁ さぁ!」
夏川「社長!」
芹沢「来る頃だと思ってたわ。」
安本「お久しぶりです 芹沢社長。いや あの頃のように 達美さんと呼んだほうがいいのかな。」
ゆとり「えっ?」
清流企画
芹沢「どうぞ。」
安本「懐かしいな。フッ… 10年ぶりか。」
白坂「部長 あの人は?」
河上「安本高治。 麺獄グループの代表で濃口醤油らあめん たかじを仕切る人物です。」
須田「なんで そんな男がここに?」
安本「相変わらず ご活躍のようですね。ところで 元社員が遊びにきたんですからお茶くらい出してくれてもいいんじゃありませんかね。」
ゆとり「元社員?」
夏川「たかじの代表が うちの?」
芹沢「10年ぶりに絡んできたうえに今日は何しにきたの?」
安本「リサーチですよ。他の支店はともかく 下にある本店は月替わりラーメンで まだ客を呼べていますから。らあめん清流房を全店潰すための策を練っていかないと。」
河上「安本くん 君は…。」
安本「河上さんも そこにいる社員さんたちも身の振り方を考えといたほうがいい。後生大事の鮎の煮干しにこだわったのが君の敗因だよ。」
安本「達美さん。君が手がけている店も 仕事も すべて僕のターゲットだ。あのときの恨みは晴らさせてもらう。」
芹沢「とことんあきれた人ね あなたは。」
安本「じゃ 今日はこれで。」
その後
芹沢「お疲れ。」
一同「お疲れさまです。」
ゆとり「あの 社長。教えていただけませんか?社長と今日の安本さんの間に何があったのか。」
夏川「そうですよ。なんで元社員が あんな うちを目の敵にしてるんですか?」
河上「社長 みんなに話しても?」
芹沢「お願い。」
河上「あの安本高治は10年前 らあめん清流房品川店の店長だったんです。」
夏川「品川にも支店があったんですか?」
ゆとり「そういえば。」
回想
橋爪「前におたくのお店の支店 突然閉めちゃったことあったでしょ」
回想終了
河上「そう。 閉店の理由は彼が引き起こしたトラブルでした。当時 彼は30代。まったくの未経験で この業界に飛び込んできたようでしたが その味覚と調理センスは芹沢社長をも うならせるものでした。」
河上「品川店の店長を任され 店は大繁盛。社員としても料理人としても社長は 彼を高く評価していたんです。」
回想
安本「社長 この間 話した件なんですけど。鮎の煮干しを使うのをやめるか 使うとしても 量を減らしたほうが いいんじゃないかって話です。原価率を考えれば 他の安い煮干しに変えたほうが。」
芹沢「それはこの間 却下したでしょ。」
安本「えぇ 鮎の煮干しは高知の水産会社で委託生産してもらってる特注品だから 大量注文しないと値段が上がるし」
安本「そうなると 淡口醤油らあめんの値段にも影響が出るって。」
芹沢「それに注文を減らすと水産業者の作業工程が変わって 煮干し自体の質が落ちる可能性があるの。」
安本「なら 淡口醤油らあめんをメニューから外すのは?実際 濃口と淡口は売り上げ比率 9対1 くらいです。そもそも 濃口は鮎の繊細な風味を生かしきれてないんですから 利益を考えたら絶対そのほうが。」
芹沢「こだわりなのよ 私の。前に話したでしょ。私が淡口で勝負をかけたこと。そして それが うまくいかなかったこと。」
芹沢「今の濃口の欠点も人気のない淡口を出し続けるビジネスとしての いびつさもよくわかってる。でも 私はお金もうけのために ラーメン屋をやってるわけじゃないのよ」
回想終了
河上「社長の鮎の煮干しへのこだわりは 皆さんもすでにご存じですね。当時は 安本もその件については 納得したと思っていたのですがね。」
夏川「違ったんですか?」
河上「彼は こともあろうに品川店での鮎の煮干しの使用を勝手にやめてしまったんです。安価なカタクチに変え 在庫の鮎の煮干しは 他の業者に横流しまでしていました。」
白坂「横流し!?」
河上「有栖さんがうちに来て 品川店の味が変わってしまったと 教えてくれるまでは その裏切りに まったく気がつきませんでした。」
回想
有栖「鮎のの煮干しを売りにしておきながら 店舗によって使用をやめて利益をあげる。もし それが事実なら ラーメン評論家として見過ごせませんよ!」
河上「それは誤解ですよ 有栖さん。芹沢社長にかぎって そんな姑息な商売は絶対にしませんから。」
芹沢「有栖さん この件は少しの間 あなたの胸に収めておいて。私が必ず決着をつけるから。」
有栖「それは構いませんけど。いったい 何があったんです?」
河上「安本の仕業であることは明白でしたが 証拠がなかった。 そして…。」
スープをこぼすスタッフ
品川店スタッフ「最初っから作り直しっすね店長。鮎の煮干しのスープ。」
芹沢「白々しいごまかし方したって無駄よ。お客さんの中には 気づいてる人もいるんだから。」
安本「仮に 万が一 この店で鮎の煮干しを使ってなかったとして 何が問題なんです?」
芹沢「どういう意味?」
安本「店は相変わらずの大繁盛。文句をつけてくるのは ラオタだとか フリークの連中だけ。淡口醤油らあめんの件で達美さんも わかってるはずでしょ?」
安本「自分のこだわりなんて ほどんど客には伝わってないんだってね。 そろそろ お引き取りいただけませんかね?明日の営業用のスープ 1から作り直すぞ。」
品川店スタッフ「はい。」
芹沢「必要ないわ。」
安本「はぁ?」
芹沢「品川店は 今日限りで閉店。」
品川店スタッフ「そんな無茶な。」
芹沢「経営上の理由よ。たった今 そう決めたの。」
安本「出ていけって言うんですか?この僕に?」
回想終了
河上「安本は我が社を去り 品川店は閉店しました。社長としては 苦渋の決断だったんです。」
白坂「もしかして…。2人は恋人同士だったんじゃないですか?」
夏川「はぁ? アンタ何 ワケわかんないこと言ってんのよ!」
白坂「だって 社長のこと 達美さんって呼んでましたし社長の態度も。」
河上「昔の話です。」
味惑コーポレーション
難波「麺獄グループさんの月替わりラーメンの開発を うちに?」
安本「えぇ ぜひお願いしたいと思いまして。」
福花「麺獄グループさんで自社開発されないんですか?」
安本「効率を考えたまでのことです。それから うちに出資してくれてる企業は ジャパンフードサミット2020の協賛スポンサーでもありましてね。」
難波「たしか 芹沢社長がラーメン部門の統括ですよね?」
安本「それも今 暗礁に乗り上げています。ラーメン部門自体 なくなる可能性が高いようで。うちなら その空いた枠に味惑さんをご紹介することが可能です。御社は ラーメン以外の料理事業も展開しておられますから。」
福花「それは 確かのに魅力的なお話ですが。どうだ 難波?」
難波「ずいぶん こだわっておられますね。清流企画さんに。」
安本「打倒 芹沢達美のタッグを組むというのは悪い話じゃないでしょう?」