茂「よし…! ああ どうも…。」
(電車の走行音)
茂「幽霊賊の死体から生まれた赤ん坊 墓場で生まれたので 『墓場の鬼太郎』。」
富田盛夫「ふ~ん。 鬼太郎ねえ。」
茂「鬼太郎の おやじは せがれの事が 心配で 目玉だけになっても 生きようとするんです。 目玉の おやじ そう 『目玉親父』です! 子供の 行く末を案じた親の執念が 目玉に籠もった訳です。」
富田「どうして目玉が しゃべんの? 口もないのに。」
茂「はあ…。」
富田「鬼太郎は ひねた子供だねえ。 水木さんさ こうして次号予告 描いてくれてるけども。」
茂「ええ 次号の話は もう ここに出来上がっております。 鬼太郎の正体を知るために 地獄に行った男が その…。」
富田「この話は もう打ち切り。」
茂「え?」
富田「分かんないの? おしまい。 ジ エンド。」
茂「いや 富田さん 『墓場鬼太郎』シリーズは 怪奇漫画短編集 『妖奇伝』の目玉ですよ! これがなかったら 『妖奇伝』は どうなるんですか?」
富田「水木さん あんたに だまされたよ。」
茂「は?」
富田「あんたが 『怪奇漫画短編集を 売り出せば 絶対に受ける』って 言うから 表紙の絵も 巻頭の64ページの漫画も あんたに頼んで 編集まで任したよね。」
茂「はい。 引き受けました。」
富田「ちょっと こっち。 その結果が これ! 分かる? 返品の山だよ! 『こんな気色の悪いもの 子供に受けない』って 取り次ぎから 苦情が殺到したんだよ!」
富田「だから この『妖奇伝』は もう おしまい! 怪奇物は もう真っ平。 この次も 戦争物で お願いします! 戦記物だったら まだ そこそこ売れてるんだから。」
茂「しかし 第1号だけで判断するのは もう少し 長い目で見て…。」
富田「長い目で見てたらね うちみたいな零細はねえ つぶれちゃうの。」
茂「しかし 読者は次を待っとる訳で。」
富田「鈴木君 ちょっと あれ 見せてあげて。」
鈴木「は~い。」
富田「こっちもね 『気色が悪くて 飯は のどを通らない』。 『子供が 夜泣きした 熱 出した うなされた』。 苦情ばっかりだよ!」
茂「うわっ…。」
富田「貸本漫画の出版なんて 利の薄い商売。 一発失敗作 出しただけで 経営は大打撃だ。 それだったって ここんとこ 大手から 漫画雑誌が 次々と出版されてて 貸本業界は アップアップなんだ! 次は戦記物。 うちは あんたの 漫画は 戦記物しか出さない!」
茂「それじゃ この分の原稿料を。」
富田「ふん… ほんとだったらね 返品の分 負担してもらいたい ぐらいなんだよね!」
<貸本漫画専門の出版社は ほとんどが 吹けば飛ぶような 零細企業でした>
茂「まあ しかたねえか…。」
(ノック)
戌井慎二「失礼します。」
富田「スリラー漫画も ひところほどは 売れんからねえ。」
戌井「はあ…。 あっ。」
富田「そんな売れない漫画 読んでも 参考には ならんよ。」
戌井「これ…。」
富田「どうしたの?」
戌井「何なんだ これは~?!」