玄関前
浦木「しかし まずいぞ。 はるこさん どうも ゲゲの奴に まいっとるようだ。 おかしいなあ。 あいつが 女に もてるはずないんだが…。」
<2月も 半ばを過ぎ…>
玄関
茂「戌井さんとこ行ってくる。」
布美枝「行ってらっしゃい。」
茂「これで 3作目だけん そろそろ 原稿料の値上げ 頼んでみるか。」
布美枝「お願いします。」
<茂は 戌井が刊行する 『劇画ブック』のために 次々と漫画を描いていました>
居間
布美枝「原稿料 上がったら…。 はあ~… これ あんたのために 使えるんだけどねえ。 大塚の おじいちゃんと おばあちゃんが 送ってくれたんだよ。 督促状か…。 不動産屋さんへの払いも 遅れとるんだった。」
<富田書房の不渡り手形のせいで 背負ってしまった 20万円の負債が 村井家の家計を 今も追い詰めていました>
北西出版
運送業者「それじゃ どうも。」
戌井「あ… 水木さん!」
茂「原稿 届けに来ました。」
戌井「それは どうも ご苦労さまです。」
茂「返品か…。」
戌井「早速 出戻ってきました。 まあ 最初は こんなもんでしょう。 自分で言うのもなんですが 内容は いいんですから 人気の火がつくのはこれからです。」
茂「うん。」
戌井「あ どうも。 どうぞ 掛けて下さい。 今 お茶 いれますから。」
戌井「そんなの 気にする事ないですよ。 どの漫画にも 漏れなく ケチをつけてきます。 『貸本漫画が俗悪だ』って つぶしたがっている人達が いるんですよ。 いわゆる 良識派の知識人です。 そういう やからに限って 漫画の善しあしは わからないんですから。」
茂「自分も 意気込んで描いた分 タッチが 強烈すぎたかもしれませんな。 少し方向を変えましょうか?」
戌井「いやいや! 作風を変える必要はありませんよ。」
茂「しかし 返品が続くと 資金繰りに詰まりますぞ。」
戌井「いや… 実は もう ちょっと困った事がありまして。 出版での赤字は 覚悟のうえです。 その分 自分の漫画の原稿料で 穴埋めできると 踏んでたんですが…。 バッサリ切られました。」
茂「え?」
戌井「つきあいのある出版社から すべて 『出入り禁止』と言われました。 『本を出すのなら 自分の所から出せ』と。」
茂「もはや 版元同士 敵と味方という訳ですか。」
戌井「取り次ぎに 『北西出版の本は 仕入れるな』と 申し入れた者までいます。」
茂「それは ひどいな!」
戌井「せちがらいもんです。 こんな時だからこそ 零細出版社同士 連帯する事が必要なのに。」
茂「目先の損得でしか 人は 動かんのですな。」
戌井「ここのところ 人間の嫌な面ばかり見せられます。 ああ 原稿料1万円 忘れてました。」
<船出したばかりの 小さな出版社は 早くも 暗礁に乗り上げていました>