茂「何っ?!」
浦木「お前は 墓場と模型屋ばかりを うろついとるから 知らんだろうが 世間は 五輪景気に沸いとるぞ。 猫も杓子も バカンス バカンスと 浮かれる ご時世だ。 漫画だって 『鉄腕アトム』の 大当たりで テレビアニメの時代が来とる。」
浦木「俺の情報網によると この秋には 『鉄人28号』も テレビになるらしい。 こんな時に 貧乏の おん念が 渦巻いとるような漫画が 売れると思うのか? 希望的観測は よせ。 失敗に備えて 節約に励む方が 身のためだせ。」
茂「不吉な事 言うのも ええ加減にせえ!」
浦木「何を怒っとるんだ。 俺は お前のためを思って…。」
仕事「仕事する もう帰れ! 帰れもう!」
浦木「何を言っとるんだ…。 イテテテテッ!」
茂「帰れ。」
布美枝「出来ました!」
浦木「あ~ どうも。 は…。」
茂「早こと 帰れ!」
浦木「お~お ちょっと 待て待て! ちょっと待って あ~あ!」
玄関
浦木「もう 何でもう! せっかく 人が 親切で!」
布美枝「すいません。」
浦木「なに… 奥さん ズボンを ありがとうございます。」
布美枝「いえ。」
浦木「何だ もう。 あ~!」
(戸の開閉音)
布美枝「(ため息)」
仕事部屋
布美枝「なにも 追い出さんでも。 写真 届けにきてくれたんですから。 また 模型…?」
<浦木の言う事も 一理あるような気がして… 布美枝は ますます 先行きが 心配になってきたのです>
こみち書房
美智子「ちょっと見ないうちに また 大きくなったわねえ 藍子ちゃん。」
布美枝「ほんとに よく寝て よく食べるんですよ この子。」
キヨ「先生に似たんだね。」
布美枝「あっ はい。」
キヨ「アハハハ!」
太一「かわいいなあ。」
布美枝「太一おにいちゃんだよ。 お父ちゃんの漫画 いっつも 読んでくれとるんだよ。」
太一「今度のも読みました。 『悪魔くん』。」
美智子「もう何回も 借りてったのよね。」
太一「面白いし 内容深いし…。 続きが待ち遠しいです。」
布美枝「2冊目 もうじき 描き上がるみたいですよ。」
太一「俺 『悪魔くん』は 傑作だと思うな。 水木先生の新境地っていうか… 力 入ってんのも分かるし。」
布美枝「全部で 5冊 描く予定なんですけど 『好評だったら もっと続ける』って 戌井さんも言ってくれとるんです。」
キヨ「そりゃ よかったじゃないか。」
美智子「仕事も順調 藍子ちゃんも すくすく育って 言う事ないわねえ。」
布美枝「ええ… でも…。」
キヨ「どうしたの? はっきりしないねえ…。」
布美枝「はあ…。」