水木家
居間
浦木「すまんですね 奥さん お手を煩わせて。」
布美枝「いいえ。 ズボンが破れただけで けががなくて よかったですね。」
浦木「ええ 昨今は 道路が掘り返されて 穴ぼこだらけですから。 しかし 『東京大改造』なんぞと 言っておりますが… こちらのお宅は 五輪景気とは 関係なさそうですな。」
布美枝「はあ…。」
浦木「ん? こら 何だ? やけに立派なもんが 鎮座ましましとる…。」
布美枝「(ため息)」
浦木「連合艦隊の再建ねえ。 あの男は 昔から凝りだすと 止まらなくなる きてれつな癖がありましたからね。」
布美枝「癖ですか…?」
浦木「ええ それが決まって 一文の得にもならん くだらん事なんです。」
布美枝「どげな事です?」
浦木「たとえば 新聞の題字集めです。」
布美枝「題字というと…。」
浦木「ほら 新聞の この右上のとこに あるでしょう。 『毎朝(まいちょう)新聞』とか 『興亜新報(こうあしんぽう)』とか。」
布美枝「ああ。」
浦木「あれを切り抜いて スクラップブックに 貼る訳ですよ。」
布美枝「それを集めて どげするんです?」
浦木「ん? 何も。 当時 境港の小学校で はやっておったというだけです。 ところが はやりが廃れた後も ゲゲ1人 バカみたいに 集め続けとりました。」
布美枝「はあ…。 スクラップ作るのは その時からなんですね。」
浦木「コレクター魂というか パラノイア的というか…。 まだまだ ありますよ。 海岸に落ちてるものを 拾い集めたり あ~ 行李いっぱい 死んだ動物の骨を 集めたりする事も…。」
布美枝「骨…? 気味悪い…。」
浦木「ねえ。 しかし 骨なんぞは 得みのならん代わりに 集めるにも 金はかかりまえんが はやりのプラモデルとなると…。」
布美枝「はあ そこなんですよ。」
浦木「高級なプラモデルなんかに 手を出さんで かまぼこ板でも 削っとればええものを。」
茂「かまぼこ板が どうかしたのか?」
布美枝「あ お帰りなさい。」
茂「お前 何しに来たんだ?」
浦木「『何しに』とは ご挨拶だね。」
布美枝「この間の写真を 持ってきて下さったんです。 ほら。」
茂「おう よう写っとるなあ…。 しかし 妙な恰好しとるなあ。」
浦木「あ いや これには訳があってだな。 決して 亭主の留守に 間男しにきた訳ではないぞ。」
茂「当たり前だ だらっ!」
布美枝「お父ちゃん それ 何ですか?」
茂「次は 一番艦の金剛だ。 全艦再建となると やはり 金剛から とりかからんとな。」
浦木「あきれた奴だ。」
茂「何だ?」
浦木「軍事予算の拡大が 食料危機を招くと 奥さん 困っておられるじゃないか。 そもそも お前には 先を見越して動く計画性も なければ 作戦もないんだ。」
浦木「たとえば この十円玉だ。 これを使うには どうすれば この10円から 100円 1,000円の価値を 生み出せるのか そこを よくよく考えなければならん。 金を もうけるには 人は常に参謀であり 策士でなければならんのだ。」
布美枝「ウフッ…。」
浦木「ん? どうした?」
茂「ハハハ!」
浦木「何が おかしい?」
茂「参謀殿。 ももひきが見えておりますぞ。」
浦木「ん? おう おっ!」
茂「ハハハハ!」
浦木「こりゃ 失礼。 これは!」
茂「何をやっとんだ。」
浦木「奥さん 失礼しました。」
布美枝「いいえ。」
浦木「しかし 見事なもんだなあ。」
茂「手を かけとるけんなあ。 ここを見てみろ。 薄く削って あるだろ。 これが恰好ええんだ!」
浦木「は~! しかし よう こんなものを作る金が あったな。」
茂「うん。 見込みが あるけんな。」
浦木「金の見込みか?」
茂「これを シリーズで出す事に なっとるんだ。 原稿料は1冊 3万円だぞ。」
浦木「へえ 今どき 良心的なこって…。 北西出版? 聞かん名だな。 発行人 戌井慎二? 何だ あの暑苦しい男が やっとんのか。 こんなもの 売れんだろ。」