水木家
居間
布美枝「すいません 重たいの運ばせて 暑かったでしょう。 はい どうぞ。」
浦木「あ すまんですね。 はるこさんの消息を 尋ねに来たのに とんだ目に遭いましたよ。 あっ? これ ただの水じゃないですか。 こういう時は サイダーぐらい サービスするもんですよ。」
布美枝「冷たいもんは お水しかなくて。」
浦木「サイダーの1本 買えんくさえに テレビは 買うんですね。」
布美枝「はあ…。」
浦木「大体 お前 もし俺が あの時 通りかからなかったら どうやって これを 運ぶつもりだったんだ?」
茂「そこらで リヤカーでも 借りようと 思っとった。」
浦木「ふ~ん。」
茂「おつ! ついた。」
浦木「おっ!」
茂「あれ? おかしいな。」
(テレビを叩く音)
布美枝「また そんな乱暴して。 アンテナと このツマミで調節せんと。」
茂「ふ~ん。」
浦木「中古とはいえ テレビを買うとは 出世したもんだと思ったら…。 奥さん 『少年ランド』が また 原稿を 頼みに来たんですってね?」
布美枝「ああ そうなんです。」
浦木「しかし こういうのを 『取らぬ 狸の皮算用』と言うんですよ。」
布美枝「え?」
浦木「まだ 原稿料がもらえるか どうか分からんうちから それを当てにして 高い買い物をするなんて。 そんな事だから いつまでたっても 貧乏から抜け出せんのです。」
茂「だら言うな! テレビは 漫画を描くために買ったんだ。」
浦木「漫画のため?」
茂「ああ。 テレビより面白いもんを描けという 注文だけんな。 テレビを知らずして 戦いには 勝てん。」
布美枝「ああ そういう事だったんですね!」
茂「おっ! きれいに映った。」
テレビ♬『ブーフーウーのテーマ』
布美枝「あら かわいい! 豚さんが 踊っとる。」
茂「ハハハ!」
浦木「やれやれ どこまで甘くできとるんだ。 お前のカビくさい漫画で どうやって テレビに対抗しようというんだ? 勝てる訳なかろう。 俺は 雄玄社に出入りしとるから 大手の出版社がどういうもんか よう分かっとる。」
布美枝「浦木さんは 雄玄社で 何されとるんですか?」
浦木「仕事ですよ。 小さいながらに 広告代理店を始めましてね。」
布美枝「広告代理店?」
浦木「ここを使って 金を ひねり出す商売です。 俺 やっと 天職に巡り会えた気がするなあ。」
布美枝「はあ。」
浦木「ゲゲ! お前は 編集者に おちょくられとるんだ。」
布美枝「え?」
浦木「生意気に SFは描かんなんぞと言って 仕事を断ったりするから 無理難題を言われて 復しゅうされとるんだろう。 『少年ランド』くらいの 人気雑誌ともなると 漫画の構想を通すだけでも 大変だぞ。」
浦木「絵コンテなんぞを描いて 何度も 何度も やり直しをさせられて あげくの果てには 採用されずに ポイっだ。零細資本出版しか知らん お前には 想像もできんだろうが 大手というのはだな…。 な! おい 俺の話を聞け!」
茂「お前 もう帰れ。」
浦木「あっ? 人を荷物持ちに使っておいて 何だ? その言いぐさは!」
布美枝「テレビに夢中になっとりますけん 何も耳に入りません。」
浦木「く~っ!」
玄関前
浦木「テレビが そんなに珍しいか。 とても文明人とは 思えんな。 元が取れると思っとんのかね? きっと またダメだろう。」