教師「しゃあないですね。 先生が 考えてみましょう。 大阪は 糸に まつわる産業が 盛んな町です。 大津 貝塚 佐野。 岸和田にも 綿の工場が たくさん ありますし 小原さんのおうちも 呉服屋さんですね?」
糸子「はい そうです。」
教師「つまり 将来 あんたも うちの呉服屋を もり立てなはれ。 立派な婿さん もろうて よう仕えなはれ。 おじいさんが 小原さんに願っているのは そんな事やないでしょうか。」
糸子「はあ。」
教師「婿さんに よう努めてもらうためには 小原さんも ええお嫁さんに なれんとあきませんよ。 どうかしましたか?」
糸子「うちは お嫁さんには なりません。」
教師「はあ? では 何になるんですか?」
糸子「はい。 うちは 大工になります!」
教師「はあ?!」
糸子「だんじりで 大工方を やりたいさかい 大工になります。」
(笑い声)
勘助「女のくせに 何 言うてんねん!」
教師「小原さん ふざけるのも 大概にしなさい。」
糸子「ふざけてません!」
教師「修身の授業で 習いませんでしたか? 『女は 常に 男の一歩あとを歩き 男を引き立てる』。 それが 女の役割です。 男と同じ仕事をしようやなんて 考えては あかんのです。」
糸子「何でですか?」
教師「はあ?」
糸子「何で 男と同じ仕事をしたら あかんのですか?」
佐藤平吉「あかんもんは あかんのじゃ!」
教師「佐藤君! あかんものは あかんのです 理由なんか ありません。 そんなもんやと 決まっとるんです。 はい では 次。 澤田君。」
澤田「はい。」
糸子「何?」
吉田奈津「何にも。」
教師「はい では 次 吉田さん。」
奈津「はい。 『私の名前は 吉田奈津です。 うちの家は 吉田屋という 大きな料理屋をやっていて 女将の名前に 代々『津』の字が 付いています。 そやさかい うちのお父さんが うちも 立派な女将になれるように 『奈津』と付けたそうです。 うちは お母さんみたいな 立派な女将になって 婿さんを一流の料理屋の主人に してさしあげたいと思います』。」
小原家
小原呉服店
「ほんま すんませんでしたな ようさん 広げさせてしもて。」
善作「いえいえいえ。 お眼鏡に かないませんでな。」
「また 寄らせてもらうよって ええのあったら 入れといてな。」
善作「また お待ちしとります。」
ハル「着物が売れへんかったら 足袋の一つでも 買わしゃええのに。」
善作「(ため息)」
ハル「昼から 吉田屋へ 集金に行っておいでや。」
善作「ああ?」
ハル「集金や。」
善作「そんな事 分かっとるわい。 分かっとんのじゃ!」
はる「フフッ。 恰好ばっかりつけくさって。 売るんも下手なら 集金も下手。 あない商売に向かん男 何で 呉服屋なんか やってんやろ?」
尋常小学校
校庭
「さいなら。」
「気ぃ付けて 帰りや。 さいなら。」
「あんた 何で この天気に 傘なんか差すのん?」
奈津「はあ。 うちは お父ちゃんに 日焼けせんよう 厳しい言われてますねん。」
「日焼け?」
奈津「『色の白いは 七難隠す』。 吉田屋の女将は べっぴんやないと あかんさかいなあ。」
糸子「待て~! 待て~!」
「ちょっと ちょっと ちょっと…。」
糸子「もっかい言うてみい!」
「な… 何回でも言うちゃらあ! 女のくせに 威張んな! 女は 男の言う事 聞いちゃったら ええんじゃ!」
糸子「くっそ~ 待て~!」
「ちょっと ちょっと 待ちなさい。」
糸子「うらあ~!」
「あ~っ!」
糸子「あ! 堪忍 おっちゃん。 堪忍 おっちゃん! 堪忍!」