玄関
タミ「お帰りなさいませ。」
座敷
稔「僕に黙って 彼女を呼び出して こねんもの 手切れ金みたいに渡すなんて ひきょうじゃありませんか!」
美都里「あの子は お金目当てなんよ。」
稔「彼女を… 侮辱するな!」
千吉「やめなさい。 稔 ちょっと落ち着け。 こういう つまらんことを するんじゃねえ。」
美都里「じゃけど。」
千吉「黙っとれえ。」
稔「僕は彼女と… 安子さんと一緒になります。 父さんや母さんが何と言おうと 僕は 安子さんと一緒になります。」
千吉「分かった。 そこまで言うんなら おめえの好きにしたらええ。」
稔「父さん。」
美都里「何ゅう あほうなこと…。 あんな…。」
千吉「そのかわり 家を出え。 雉真の名を捨てて あの菓子屋の婿になりゃええ。」
美都里「な… 何を言うんです あなた。 何で稔が!」
千吉「その覚悟があるんか。」
稔「それしかないと… 言うんじゃったら!」
美都里「稔!」
千吉「あほう! 考えなしにものを言うな。 どねんして 食うていくつもりなら。 おめえのほれた その安子いうおなごを どねんして 食わせていくつもりじゃ。」
稔「それは… 何か 手だてを…。」
千吉「それが甘え言うとるんじゃ! ええか。 菓子屋じゃろうが 服屋じゃろうが 商いは 大学の勉強で どねんかなるもんじゃねえ。 まして 今は戦争中じゃ。 ちょっと気ぃ抜いたら 隙ゅう見せたら たちまち潰されてしまう。 そういう時勢じゃ。」
千吉「雉真の長男として ぬくぬく育ってきた おめえの手に負えることじゃねえ。 今のおめえにできるんは せいぜい 親の言うことを聞いて 会社の益になるおなごと 婚約することぐれえじゃ。 そうしたら いずれ戦争が終わった時 おめえが好きなように商いするだけの 財産を残してやれるんじゃ。 分かったら 世まい言うとらんと きっぱりと別れてけえ。」
橘家
お菓子司・たちばな
金太「あっ 安子。 今日はもう材料がのうなった。 閉めるで。」
安子「はい。」