茂「あの目玉で こっちは 即決です。」
布美枝「目玉で即決…?」
茂「はい。 目玉には 人の魂が こもりますけん。」
布美枝「はあ…。」
茂「それから 『一反木綿』に似とると思って…。」
布美枝「『一反木綿』? それ 何ですか?」
茂「いや ハハハ。」
布美枝「あの 大塚の家は 昔 呉服屋でしたけど…。」
茂「後で 描いてみせましょう。」
布美枝「はあ…。」
茂「しかし 話が まとまるとは 思わなかったなあ。」
布美枝「え?」
茂「そっちは 断るとばっかり 思ってました… 俺 何か ええとこ見せたかなあ…。」
布美枝「…食べっぷり。」
茂「え?」
布美枝「フフッ。 お見合いの席で… 料理 おいしそうに 食べておられたでしょ。」
茂「ああ。」
布美枝「父は『そこが ええ』と 言ったんです。 『食べる力は 生きる力と同じだ』 って。」
茂「ははあ。 そげなら 俺のズイタ 食いしん坊が 功を奏したという訳か。」
布美枝「はい。」
茂「ハハハハ…。 目玉と ズイタか こりゃ ええ。 何が 縁になるか 分からんもんだな。」
(2人の笑い声)
茂「おっ いっぱい ナズナが咲いとる。」
布美枝「あ… 摘んで帰りましょうか?」
茂「いや うちには もう 飾ってありますけん。 家に 花があるのは ええもんです。」
布美枝「はい…。」
茂「ああ きれいだなあ。 ぺんぺん草も バカにしたもんでは ありませんな。」
布美枝「はい…。」
茂「ちょっこし 失礼して。 ヨイショ。 この形が 三味線のばちに 似とるから ぺんぺん草だと言いますが よく見ると これは ハート形ですな。」
布美枝「あ ほんと… ハート形だ。」
(2人の笑い声)
茂「あ そうだ。 取って置きの場所を 教えましょう。」
布美枝「もっと ええ場所があるんですか?」
茂「はい。 一番の場所です。」
布美枝「ここですか?」
茂「ええでしょう。 調布辺りには 風情のある古い墓が あちこちに残っとるんです。」
布美枝「ええ…。」
茂「墓巡りは ええもんですよ。 自転車 1台あれば 金は 一銭もかからん。 サイクリングは 健康にも ええ。 今 一番 凝っている趣味は 墓巡りです。 あ これこれ この墓は 元禄時代のなんです。 えらく古いでしょう。 墓は 面白いですよ。」
茂「こうやって じっと眺めてると 墓の主と 話ができるような 気がしてきます。 古い墓ほど 死者の気持ちが 和やかなんですよ。 …やはり 人間も 長い間 死んでおると 心が寛容になるのかもしれません。 ああ… ここら辺の墓も 和やかで ええ。」
布美枝「墓が和やか… 私に 分からん。」
茂「ほら あんたも見てごらんなさい。」
布美枝「…はい。」
茂「どうです? 和やかでしょう。」
布美枝「あ この辺が…。」
茂「そうでしょう。 そうそう…。」