糸子「うん 分かった 分かった 分かった ああ 堪忍なあ。 お母ちゃん 甘いもんやて!」
千代「あ あ 甘いもんな。 ちょっと待ってや 甘いもん。 甘いもん 甘いもんな。」
糸子「甘いもんやで。」
(女の子の泣き声)
糸子「ここ 座り。 もうええで。 はいはい 堪忍やで なあ。」
(直子の泣き声)
糸子「あ~ まだ泣いてんの あんたは。 はいはいはい…。 堪忍なあ 堪忍なあ。」
糸子「どないしても お父ちゃん 預かってくれへんやろか?」
千代「無理やと思うでえ。 明日かて『優子 歌舞伎に 連れていく』言うちゃったしなあ。」
糸子「はあ 歌舞伎?! えらい優雅なこっちゃなあ!」
千代「なあ アハハ…。」
糸子「はあ~。」
「ほな 大将 お先に失礼します。」
勝「ああ。」
糸子「はあ? もう帰んけ? あんた そんな暇か?!」
「いや 暇やないですけど。」
糸子「そんな暇やったら 直子の子守りさせちゃろか ああん?!」
勝「当たんなって!」
「それだけは 勘弁して下さい。 ほな また明日!」
千代「お疲れさんでした! 糸子。」
勝「落ち着けよ。 座れ 座れ。」
糸子「ああ う~ん…。」
勝「うちの… 弟んとこ 頼もか?」
糸子「え?」
勝「馬場の山奥やさかい いっぺん預けてしもたら しばらくは 預けっぱなしに なってまうけどな。 明日 連れてって『大みそかに 迎えに来る』ちゅうて…。」
糸子「いや… そら そすがに ちょっと かわいそうや。」
勝「そやけど この暮れの忙しい中 他に預かって くれるとこなんか ないで。」
糸子「う~ん…。」
勝「なっ。」
糸子「う~ん…。」
電車
(直子の激しい泣き声)
<そいでも 背に腹は代えられへんよって うちらは お土産を山ほど持って 弟さんとこへ 向かいました>
道中
勝「大丈夫?」
糸子「うん。 こんな遠かったか? 前 来た時は もっと 近なかったか?」
勝「ほんな訳あるかい。 前 来た時は 手ぶらやったさかい 楽やったんやろ。」
糸子「前 来た頃は 結婚したばっかしで 気楽なもんやったなあ。 戦争も 始まってへんかったし 勘助も おった。 うちも 子供も いんで もっと若かったし もっと別嬪やった。 色かて もっと白かったし 足かて もっと長かった。」